めでたく「侍ジャパン」の優勝で終わったWBC(World Baseball Classic)。筆者はちょうど試合の時間が取材の仕事と重なってしまったが、決勝戦の中継にかじりついていた方も多かったのではないだろうか。しかし中には、ちょうど決勝戦の最中に飛行機の機上、という方もいたわけだ。

地上から機上に試合の経過を連絡

ところが、飛行中の旅客機に対して、地上から試合の経過や結果を知らせた事例があって、話題になった。そこで使われたシステムが今回のお題。ACARS(Aircraft Communications Addressing and Reporting System)である。

飛行場の周辺で、離着陸する飛行機の写真を撮っている方なら、エアバンドラジオをお持ちのことが少なくないだろう。通常の管制交信は音声交話を用いており、暗号化も何もしていないから、誰でも内容を聴取できる。

それとは別に、低速ながら無線データ通信を行うシステムがある。それがACARSで、飛行中の機体と、航空会社が運用しているコンピュータの間でデータ通信を行い、情報を共有するのが本来の用途。監督当局(日本なら国土交通省)とリンクすることもあるらしいが、基本的には航空会社の中で情報交換に使っているとのこと。

では、そこにどんなデータを載せているのか。例えば、機体の重量に関する情報や、飛行計画、燃料、気象情報など。つまり、運航に際して不可欠な情報をやりとりするために用いている。

エアラインの運航管理担当者は、飛行中の自社の機体についてそれぞれ、ACARSを通じてデータを受け取ることで状況を把握するわけだ。もしも機体に不具合があれば、その情報を地上にいる整備士に伝達することもできる。

ACARSが伝える内容とは?

そのACARSを開発したのはエアリンクという会社で、ロックウェル・コリンズを経て、現在はコリンズ・エアロスペースとなっている。レイセオン・テクノロジーズの傘下にある企業のひとつだ。

使用する電波の周波数帯は118~137MHzの範囲内、つまりは超短波(VHF)に属する。衛星通信を使用するACARSもあるので、それと区別するためにVHF ACARSと呼ぶこともある。

そこに、振幅変調と最小偏移変調の組み合わせ(AM-MSK : Amplitude Modulated Minimum Shift Keying)を用いてデータを載せており、伝送速度は2,400bps。データは7ビット・アスキー文字単位で扱う。つまり英数文字情報のやりとりだけが可能。符号誤りを訂正する機能はないのだそうで、それ故に、エラーを検出したら再送要求を出すことになる。

もちろん、デジタル変調を行っているから、通信内容をそのまま聴取してスピーカーから流しても、アナログモデムと同様にピーピーガーガーいうだけである。内容を知るには専用のデコード用ソフトウェアが必要だが、これはいろいろな種類のものが出回っている。

試合の経過は機内アナウンスで伝える

先に述べたように、本来、ACARSは飛行中の機体に関する情報を空地間で共有するためのデータリンクである。だから、ACARSはFMS(Flight Management System)ともつながっている。

しかし、そこに自由文を載せて送れば、「WBCの経過を機上に送る」なんていう使い方もできる理屈となる。その内容は、コックピットにあるCDU(Control Display Unit)に表示される。Youtubeで「CDU ACARS」とキーワードを指定して検索してみよう。

  • コリンズ・エアロスペースのCDU 写真:コリンズ・エアロスペース

もちろん、機上でACARSの情報を見られるのはコックピットにいる運航乗務員だけだから、乗客に試合の経過や結果を知らせるのであれば、機長か副操縦士が機内アナウンスを行うことになる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。