サプライチェーンというテーマからは少し脱線するが、今回は製造・組み立てに関する話としてライセンス生産と現地組み立ての話を取り上げてみたい。完成品の輸入では、買い手は代金を支払うだけ。しかし、多少なりとも買い手の国で作業を行えれば経済的メリットがある、という考え方から、こういう話が出てくる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

ライセンス生産とは

この場合のライセンスとは「製造許可」という意味。開発・製造元とは異なるメーカーが、同じ図面に基づいて同じ機体を製造するという意味になる。

身近な事例でいうと、航空自衛隊のF-15J/DJ戦闘機がある。開発・製造元はアメリカのマクドネルダグラス(今はボーイング)だが、航空自衛隊向けの機体だけは、三菱重工を初めとする日本のメーカーが製造した。

  • 米空軍のF-15C。近年では減勢が進み、見られる場所が少なくなってきた 撮影:井上孝司

もちろん、勝手にリバース・エンジニアリングして作ったのでは「海賊版」になってしまうから、正規の手続きを踏んで製造の許可を取り、図面や仕様書の提供を受けてのこと。また、図面に加えてマクドネルダグラスから技術指導員が派遣されてきて、生産が軌道に乗るまで面倒をみた。

とはいえ、ライセンス生産を実現するのは簡単な仕事ではない。オリジナルと同じ素材で、同じ精度、同じ性能のものを作らなければならない。ということは、ライセンス生産に参画する側にも、オリジナルの機体を手掛けているメーカーと同等の技術水準が求められる。それがないのに「ライセンス生産をやりたい」といっても画餅と化す。

だから、何かの機体を新たにライセンス生産するために、オリジナルの機体を製造するときと同じ工作機械や設備類を導入するとか、人の養成を図るとかいう話がついて回る。

ライセンス生産にみられる企業文化

理想をいえば、すべてのパーツ、すべての搭載機器を自国内でライセンス生産したいところだろうが、前述したような事情、そして軍用機の場合には秘密保全や輸出規制といった問題があるため、現地でのライセンス生産率100%はなかなか達成できない。

先に挙げたF-15J/DJで有名なところでは、電子戦システムの輸出許可が下りなかったため、日本で独自に製造したものを載せた。これで現地製造率は上がったが、そこはオリジナルと違う仕様になったわけだ。

時には、仕事のやり方から変えなければならない場面も起こり得る。生産工程の切り回し方や、そこで使用する図面・書類、用語など、メーカーによって違いがあるのは当たり前。これは航空機に限ったことではなく、自動車メーカーだって同じだろう。あるメーカーがさまざまなメーカーの機体をライセンス生産することになれば、その度に「企業文化」の違いに直面する。

  • こちら、航空自衛隊のF-15J。写真の#912は近代化改修機ということもあり、細々したところで米空軍機との違いが増えている 撮影:井上孝司

現地で行われる最終組み立て

ライセンス生産の場合、パーツは現地のメーカーが作る。それに対して、オリジナルのメーカーから部材やアセンブリを供給して、最終段階の組み立て工程だけを現地で実施する形もある。いわゆる現地組み立てで、ノックダウン生産ともいう。ライセンス生産の前段階として、まず組み立てから覚えるためにノックダウン生産を行う事例もある。

輸出元からすれば、図面や仕様書を渡すわけではないから、ノウハウをガードするにはこちらの方が都合がいい。買い手の側からすれば、ライセンス生産を行うほどの技術力や生産基盤はなくても、最終組み立てだけでも請け負えれば自国に若干のおカネが落ちる。

もちろん、供給する部材の内容に応じて現地での作業内容は変わる。アセンブリ単位で供給するよりも、パーツ単位の供給を行う方が、現地での作業量は増える。その代わり、人の養成や設備投資に関わる負担も増える。

航空自衛隊のF-35Aは、(どの程度まで組み上げているかは不明だが)最終組み立てと検査を愛知県の三菱重工で実施している。イタリアのカメリにも同様の施設があり、この2カ所がアメリカ以外でのF-35組み立て拠点となっている。組み立てだけでなく、機体の整備や改修も担当する。

民航機では、エアバスが中国の天津にA320ファミリーの最終組立ライン(FAL : Final Assembly Line)を置いている事例がある。中国のエアラインにしてみれば、完成機を輸入するボーイング737よりも、自国内で組み立てているA320の方が政治的にメリットがあるといえる。ところが、今後は自国の中国商用飛機が手掛けるC919も割って入ってくるから、微妙な舵取りが求められるかもしれない。

  • 航空自衛隊がF-15J/DJの前に導入したF-4EJも、ライセンス生産品だった 撮影:井上

複雑化するサプライチェーン管理

ライセンス生産でも、なかなか現地生産率100%にはならない。すると、オリジナルの機体メーカー、あるいはそこにパーツやコンポーネントを供給しているサプライヤーから、ライセンス生産を請け負っているメーカーへの流れが発生することになる。

現地組み立ての場合、どういうレベルであれ、パーツや部材を現地の最終組立ラインに送り込む必要があるから、こちらもモノの流れが継続的に発生する。

そんなこんなの事情により、サプライチェーンを切り回す仕事が欠かせないのは、ライセンス生産だろうが、現地組み立てだろうが変わらない。しかも、オリジナルの機体メーカーにおける生産が並行して走っていれば、パーツや機器によって行き先が変わることになるから、サプライチェーン管理が複雑化する。以前に書いたF-35の話と同じだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。