エアバスが1月25日に、特大貨物輸送サービス「エアバス・ベルーガ・トランスポート」の開始を発表した。名称通り、使用するのはエアバスが保有している特大貨物輸送機「ベルーガ」である。

  • 飛行中の「ベルーガ」。貨物のサイズに合わせて胴体の上半分を大幅に拡大している 写真:Airbus

飛行機の部材を飛行機で運ぶ

2年ほど前に、ボーイング787の機体構造材を日本からアメリカに空輸するために使用している大型輸送機「747LCFドリームリフター」の記事を書いた。輸送の対象は、中央部胴体、中央翼、左右の主翼である。

もちろん、船便で運ぶこともできるが、それでは時間がかかってしまうし、その間に天候や海洋状況の影響を受ける可能性もある。(中古747の改造とはいえ)専用の輸送機を用意して、費用がかかる空輸という選択肢をとっているのは、相応の理由がある。

もっともアメリカ本土では、カンザス州ウィチタのスピリット・エアロシステムズ社で製造した737シリーズの胴体を、鉄道でワシントン州レントンまで運んでいる事例がある。しかしこれは、胴体の直径が小さい単通路機だからできること。ワイドボディ機ではさすがに無理である。

その辺の事情はエアバスも同じ。もともと、欧州各国の航空機メーカーを糾合する形で発足した経緯があるから、生産拠点はイギリス、フランス、ドイツなどに散らばっている。各地で製造した部材を、フランスのツールーズなどにある最終組み立て拠点に運び込んで組み立てなければならない。だからこちらも空輸に頼っている。

そこで登場したのが、A300をベースとする特大貨物輸送機、A300-600ST(Super Transporter)、通称ベルーガ。考え方はドリームリフターと同じで、胴体の上半分を切り取り、より大径の、積荷が収まるサイズの機体構造に作り直している。

  • 貨物を揚搭する際には、貨物室前方がガバッと上方に開く。まっすぐ出し入れができるようにするため、コックピットの位置を下げている 写真:Airbus

A300、A330、A340は同じ直径の胴体を維持していたから、ベルーガでも用が足りた。ところがA350では、計画中途での方針変更により、以前よりも直径が大きい胴体を使用することになった。そうした事情や効率改善といった見地から、より大型のベルーガXLを、今度はA330ベースで製造する作業が進んでいる。ベルーガではA350の主翼を1枚しか搭載できないが、ベルーガXLでは2枚搭載できる。

ベルーガXLが出そろうと、従来のベルーガは用済みになる。しかしまだ飛行時間に余裕があるため、飛ばし続けることはできる。そこで、最大で幅7.1m、高さ6.7mという貨物室の大きさを生かして、宇宙、エネルギー、国防、航空、海洋、人道支援といった分野に向けて、特大貨物輸送を請け負うサービスを売り出すことにしたわけだ。

実はこれには前例があり、ベルーガは4半世紀近く前に、ドラクロワの『自由の女神』の絵画を日本まで空輸してきたことがある。最近でも2021年の12月に、警視庁向けのH225ヘリを神戸空港に空輸してきた件が話題になった。多寡は別として、ニーズはあるわけだ。

なお、ベルーガもドリームリフターも貨物室は与圧の対象外なので、与圧しないと具合が悪い積荷は運べない。

スペースと重量という2つの制約

さて。飛行機に限らないが、貨物輸送に際しては「スペース」と「重量」という2つの制約要因がある。そして飛行機の場合、機体の自重と最大離陸重量の差分を燃料と積荷で分け合って利用する。

大抵の場合、燃料満載・積荷満載では最大離陸重量を超えてしまうので飛び立てない。だから、「長距離飛行だから燃料を多く積んで、その分だけ積荷は減らす」こともあれば「短距離飛行だから燃料を少なくして、積荷を満載する」こともある。

ところが、重量ベースで上限が決まっても、積荷の内容によっては、機内の貨物搭載スペースを使いきれないことがある。逆に、かさばるけれども重くはない積荷であれば、機内のスペースはフルに使うのに、重量面では余裕が生じる。そして、ドリームリフターやベルーガが普段運んでいる航空機の構造材は後者だ。

逆に極端な例を出すと、石炭やその他の鉱石、穀物類、石油といったものは、嵩の割には重い。しかも相対的に単価が安いし、急いで運ばなければならないというものでもない。それでは、空輸という高価な輸送手段では割に合わない。こういうものは、時間がかかっても、船で大量に運ぶに限る。

といっていたら少し前に、ハンバーガー店で売るフライドポテトをアメリカから日本に緊急空輸するというニュースがあった。普段ならどう見ても割に合わない輸送手段だが、COVID-19の影響などから海運業界はいろいろ混乱しているし、急いで運ばないとお客さんがしびれを切らす、となれば話は別。

「費用がかかっても、早く運ぶ方が先決」な積荷というと、米軍のヘリコプターもある。演習や海外展開といった場面において、ローター・ブレードを外したり畳んだりした状態で、C-5やC-17といった輸送機に載せて運ぶケースは多い。もちろん、時間に余裕があれば船便だが。

  • C-17Aの機内に収容されたUH-60ブラックホーク。2機をそれぞれ異なる向きで互い違いにすることで、スペースを無駄なく使っている。嵩の割には軽い積荷だから、搭載に問題はない 写真:USAF

そういえば、1997年に航空自衛隊の「ブルーインパルス」がアメリカに行ったときには、航続距離が長くない上に空中給油もできないから、自力フェリーができず、貨物船で機体を運んだ。このとき、筆者はネバダまで見物に行く算段をしていたのだが、事情があって行けなくなったのは残念無念。

閑話休題。我が国では、広島電鉄向けの新型路面電車をアントノフの大型輸送機An-124で広島空港に空輸してきたことがある。1999年3月のことだ。また、米海軍は過去に、潜水艦救難艇(DSRV : Deep Submergence Rescue Vehicle)をC-5で空輸できる体制を整えていた。

つまり、大型輸送機は「飛行機の部品も完成品の飛行機も、そして電車も船もポテトも運ぶ」のである。これから「エアバス・ベルーガ・トランスポート」がどんな顧客を獲得して何を運ぶか。注目してみたいところだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。