これまで、「新型機の開発と試験」に関わる、さまざまな施設あるいはプロセスを紹介してきた。一品モノの試験機では話が違うが、量産する機体の場合には、さらに大変なプロセスが発生する。そこで、締めくくりとしてそちらの話も取り上げてみたい。

サプライヤーの選定とサプライチェーン管理

どんな機体でも、いや飛行機に限らず工業製品は大抵そうだが、完成品を販売するメーカーがすべてを手掛けているわけではない。使用するパーツやコンポーネントを担当するサプライヤーは、別にいるものである。すると、どこのパーツやコンポーネントを、どのサプライヤーに発注するか、という問題が発生する。

そこで三菱MRJ改めスペースジェットを見てみると、「日本の旅客機」ではあるが、サプライヤーには海外のメーカーがたくさん入っていることが分かる。だからといって、「そんなの国産機ではない!」とヒステリーを起こしてはいけない。最終的に完成品の形に取りまとめるのは、日本のメーカーなのだから。

メーカーでお仕事をされている方ならお分かりかと思うが、サプライヤーの選定は、単に製品の性能・品質の善し悪しだけでなく、さまざまな要因が絡む。価格、生産能力や納期、品質管理の体制、そして情報保全の体制が問題になることもある(特に軍用機の場合)。もっとも、品質がいいのに品質管理の体制がザル、なんていうケースは、あまりなさそうではあるが。

サプライヤーが決まって納入契約を締結しても、それだけで話は終わらない。今は飛行機の業界もリーン・マニュファクチュアリングの掛け声が大きいから、納入のタイミングが問題になってくる。納入が早すぎれば在庫のためのスペースを食うし、納入が遅れれば機体の製造スケジュールに影響が出る。最適なタイミングでパーツやコンポーネントを生産工程に送り込まなければならないから、サプライチェーン管理の担当者は胃薬が欠かせないかもしれない。

  • ボーイング787の機体構造部は、その多くを日本で製造しており、中部国際空港から747LCF「ドリームリフター」で空輸している

しかも、機体構造みたいな大物までが、広い範囲に散らばった分業生産体制になるのが現在の「当たり前」。西欧各地に機体生産拠点が散らばっているエアバスなどかわいいもので、ボーイング787は胴体や主翼を日本で作って空輸している。空輸となれば、お天気などの事情でスケジュールが遅れる可能性も織り込んでおかなければならない。

完成までにパーツが世界中を巡るF-35

これがF-35になると、さらに大変だ。前部胴体と主翼はロッキード・マーティンの担当で、テキサス州フォートワースの工場で作っているが、中央部胴体はノースロップ・グラマンの担当で、カリフォルニア州エルセガンドで作っている。後部胴体と尾翼はBAEシステムズの担当で、イギリスで作っているのだが、その尾翼で使用する一部のパーツは、オーストラリアなど、イギリス以外の国で作っている。さらに、ノルウェーやデンマークやカナダやオランダやイタリアやイスラエルや日本で作っているパーツもある。

おまけに、機体の最終組み立てを行う場所も、フォートワース以外にイタリアと日本にある。オーストラリアで作られたパーツがイギリスで尾翼組み立ての際に組み込まれて、それと三分割された胴体と主翼が、フォートワースに行ったりイタリアに行ったり日本に来たりする。

つまり、F-35の完成品が世に出るまでには、パーツやコンポーネントや、それらを組み合わせた部分品が、世界をあっちに行ったりこっちに行ったりしている。そして、機体を構成する部材が組み立てラインに乗った時点で、その機体がどの国向けの何号機かは確定している。筆者がフォートワースの組み立てラインを見学したとき、1機ずつ、仕向地ごとの通し番号を書いた紙が貼られている様子を確認できた。それを見れば「これはイスラエル行き」「これはイギリス行き」と分かる。

こうなると、生産管理の担当者にかかるプレッシャーは半端なものではなかろう。そういう体制を構築することも、生産体制立ち上げのうちである。

  • 1機のF-35が完成するまでに、世界各地で作られたパーツが生産拠点の間を行ったり来たりしている。万国博というには数は少ないが、複数の国が関わっているのは事実

生産設備を整える必要もある

組み立てラインの話が出たので、生産設備の話も。これもまた、どんな工業製品にも共通する話。たまたま現場・現物を間近で見たからという理由で、F-35の組み立てについて書くと。

F-35A/B/Cと三モデルあっても、同じ最終組立ラインで混流生産している。まず、前部・中央部・後部と分かれた胴体を接合して、そこに主翼や尾翼も取り付けて、これでドンガラが完成となる。次に、各種の機器や配線・配管を組み込んでいく艤装工程が続く。エンジン、リフトファン(B型のみ)、キャノピーなどといった大物は、この段階で組み込む。

その組み立ての現場は、地面のレベルと、主翼のレベルの二層構造になっている。主翼と同じ高さで、機体平面型に合わせてくりぬかれたプラットフォームがあって、プラットフォームを機体にぴったり合わせることができる構造。そこに上がれば、主翼上面や背面にアクセスできる。三モデルあるうち、F-35Cだけ主翼が大きく平面型が違うが、このプラットフォームは、平面型の違いに合わせて開口部の形を変えられる構造になっている。

ということは、そういうF-35組み立て専用のプラットフォームを用意しなければ、組み立て工程を始められないのだ。この手の生産設備もまた、専門のサプライヤーがいて、製造・納入しなければならない。

  • 組み立てラインで作業中のF-35A。左の垂れ幕に「AF-41」と書かれているが、これは「米空軍向けF-35Aの41機目」を意味する。まだエンジンは取り付けられていない 写真:USAF

フォートワースの工場は「1マイル・ファクトリー」と呼ばれる通り、南北に1マイル(約1.6km!)ぐらいある長方形の大箱。以前はF-16の組み立てラインがあったが、それを取り払って、F-35の部品製造や組み立てに関わる諸設備を配置し直した。

当然、どの工程をどういうふうに配置するのが効率的か、と検討するプロセスが発生する。それに、組み立てラインを出た機体は塗装や最終検査の行程に回されるから、それらの設備に近い側に出口を置かないと、「移動のムダ」が発生してしまう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。