先月(2022年1月)に機中で、日本航空の機内誌『SKYWARD』を読んでいたら、以前に本連載で取り上げたことがあるSAF(Sustainable Aviation Fuel)の導入をお題とする、日本航空の赤坂社長と全日空の平子社長の対談記事が載っていた。

CO2排出削減の手段とは

このSAFに限らず、この業界でも「CO2排出削減」を巡る動きはいろいろある。この問題と地球温暖化との関連性については、本連載の枠から外れてしまうから措いておくとして、あくまで技術的観点から「どんな動きがあるか」という話を取り上げてみたい。

SAFを使用しても、排気ガスにCO2が含まれることに変わりはない。しかし、製造過程まで含めたトータルでは話が違う、というのが基本的な考え方になっている。これは以前にも書いた。

第246回で、ロールス・ロイス社のACCEL(Accelerating the Electrification of Flight)計画とそこで造られた実験機 “Spirit of Innovation” を取り上げた。これは機体の動力源を電動化してしまい、飛行に際して動力源からCO2を出さない、という考え方になっている。ただし、電動機を動かす力の源であるLi-ion蓄電池に充電するための電力はどうするんだ、という話は別個に存在する。太陽電池なんぞでトロトロ充電していたら、いつ飛び立てるか分かったものではない。

さて。ことに民間航空の分野では、ずいぶん昔から燃料消費低減のために、メーカーと、そこで働く技術者が脳漿を絞り続けてきている。燃料消費が少ない、いいかえれば経済的な機体ができれば、それだけエアラインにとっては経営的なうまみがある。新型機への更新に多額の費用を要しても、それによって得られるランニングコストの低減メリットが大きければ、十分に元を取れる。そして、これは結果的にCO2排出削減にもつながる話となる。

  • エアバスA350のエンジンはロールス・ロイス製トレントXWB。これに限らず、エンジン・メーカーはどこも、燃料消費と騒音を低減するために、ものすごい努力をしている

では、どうやって燃料消費を減らすか。

わかりやすいのは、機体の軽量化や空気抵抗の低減、エンジンの性能向上・効率改善といったあたりになる。目下の主流になっている高バイパス比のターボファン・エンジンは、燃費効率に優れるだけでなく、騒音低減の見地からいってもメリットがある。また、ファンではなくコア部分においても、燃焼部分の効率を高めるアプローチがある。同じ量のジェット燃料を燃やすのであれば、それによって得られる推進力が大きいほうがよい。

もう一つのアプローチとして、エンジンを作動させる時間を減らす方法がある。といっても、飛んでいるときにエンジンを止めるわけにはいかないが、地上では話が別。だから、首脚に電動機を組み込んで、それを使ってタキシングする、なんていうアイデアも出てくる。こうすることで、タキシング中はエンジンを動かさずに済むようになれば、その分だけ燃料消費が減る。1フライトでの節減はわずかでも、塵も積もれば山となる。

飛び方に工夫をする

別のアプローチとして、飛び方に工夫をする手がある。その一例が、2021年9月22日にエアバスがプレスリリースを出した、南米・チリのLATAM航空における事例。「LATAM航空では、手持ちのA320ファミリー・200機あまりについて、着陸進入のための降下を行う際の飛び方に工夫をすることで、燃料消費の低減を図ることになった」という趣旨だ。

題して「DPO(Descent Profile Optimisation)」という。日本語に逐語訳すれば「降下飛行の様態を最適化」となろうか。

普通、着陸進入の際には管制官から「○○航空△△便、××フィートまでの降下を許可する」という承認を繰り返して、階段状に高度を下げながら進入コースに乗せていく。その都度、高度と速度を調整する過程でエンジンの推力を加減する。それに対してDPOでは、巡航状態から一気にスッと高度を下げて、エンジンをアイドル状態にしたままで進入していく。それが思惑通りに機能すれば、推力の加減を繰り返すよりも燃料消費を減らせると期待できる。

  • エアバスが作成した、DPOの概要を説明するためのインフォグラフィック。通常よりも一気にスーッと高度を下げる様子が分かる 引用:Airbus

    エアバスが作成した、DPOの概要を説明するためのインフォグラフィック。通常よりも一気にスーッと高度を下げる様子が分かる 引用:Airbus

そしてエアバスの説明によると、このDPOを実現するには、飛行管理システム(FMS : Flight Management System)のデータベースに手を入れる必要があるそうだ。そこで、FMSの改修を順次適用する。

エアバスがプレスリリースを出した時点の情報では、2021年末ないしは2022年の初頭から、FMSのデータベースを更新した機体の引き渡しを始めるとしていた。これが全機に行き渡ると、1機で年間300t、200機なら年間6万トンのCO2排出削減につながるとのことだ。

飛行プロファイルを説明する図を見ていたら、なにやら既視感を覚えた。それが、新幹線などで導入されているデジタルATC。デジタルATCでは、停止位置の情報を受け取り、そこで止まるための減速パターンを算出して、(段階的な減速ではなく)一気にスーッと減速して止める。その時のランカーブ(運転曲線)と、DPOを使用するときの降下プロファイルは、何となく似て見える。業界も目的も違うけれど。

DPOは降下プロファイルの話だが、飛行経路を工夫するとか空中待機を減らすとかいう工夫もまた、飛び方の工夫による燃料消費低減(と、ひいてはCO2排出削減)という話になるだろう。目的地の空港が混んでいるからといって離陸を遅らせるのも、空中待機の回避につながり、結果として燃料の消費抑制となる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。