生成AIを社内に導入しても、リリースした時点がゴールになるわけではない。回答精度の低下や利用の伸び悩みといった本番運用ならではの課題に直面し、手を止めてしまう企業も少なくないだろう。
ポンプや半導体製造装置を手がける荏原製作所は、約3年にわたる全社展開の中でこの課題と向き合い、AIが自らの改善点を見つけ出すループを築き上げた。同社のデータストラテジーチームを率いる田中紀子氏と、開発を担う岡村森氏による発表をもとに、その取り組みを紹介する。
創業114年のものづくり企業が選んだ「内製」という道
2026年10月30日、Google Cloudが開催した「Agentic AI Summit '26 Fal」の基調講演では、「全社を巻き込む生成AI活用からAIエージェント実践へ」と題し、荏原製作所による取り組みが発表された。
荏原製作所は、半導体製造装置、ポンプ、コンプレッサ、タービン、送風機などをグローバルに展開する企業である。創業は114年前にさかのぼり、本社は羽田にある。従業員は世界で約2万1,148人、売上は約1兆円に達する。5つのカンパニーで事業を展開しており、近年は半導体製造装置メーカーとしての認知が高まり、精密・電子カンパニーが売上と利益を牽引している。シンガポールのマーライオンの口から勢いよく吹き出る水にも、同社のポンプが使われているという。
生成AIのプロジェクトが動き出したのは、約3年前のことだった。金融機関で25年にわたりIT・DXの推進に携わった田中氏が2023年7月に入社し、その2カ月後には岡村氏とともに小規模なプロジェクトを立ち上げている。
当初は2人での出発だったが、そこから全社展開へと広げ、田中氏は3年にわたってプロジェクトリーダーを務めてきた。現在は同社の「攻めのDX」を担うデータストラテジーチーム全体を統括している。
中核となるのが、社内に眠るさまざまなナレッジをセキュアな環境の中でAIが安全に検索し、回答する「EBARA AI Chat」である。Google Cloudを基盤に内製開発され、2024年7月に全社へ展開された。アクセスコントロールや多言語対応を整え、既存の問い合わせ機能を段階的にこのチャットへ集約している。
検索やRAGの機能はAPIとして提供し、最近ではAIエージェントの機能も搭載して拡張を続けている。あわせてNotebookLMやGemini Enterpriseの活用も推進し、活用事例の共有やコンペを行うコミュニティサイトまで内製で構築した。ソフトウェア企業ではない同社が、これだけの仕組みを自前で整えている点は注目に値するのではないか。
「リリースして終わり」にしないための改善ループ
シニアデータエンジニアの岡村氏によると、AIチャットは現在、国内グループ会社の従業員を対象に運用されており、1日の利用回数は2,500回から4,000回ほどで推移しているという。ITシステム、総務、人事といった社内の問い合わせを1つのインターフェースに集約したことで、利用は着実に定着してきている。
しかし、本番運用が進むにつれて課題も見えてきた。その1つが回答精度である。
岡村氏によれば、精度が低い原因は一様ではない。モデルの性能、周辺の仕組み(ハーネス)の出来、そもそも回答に必要なナレッジが存在しないことなど、要因は多岐にわたる。そのため、システムをリリースすること以上に、リリース後にどう改善を続けるかが重要になったという。
ここで同社が着目したのは、改善を開発者だけに任せないという点である。例えば総務の問い合わせであれば、業務を最もよく知っているのは総務の担当者だ。どんな質問が寄せられ、どんな回答が評価されているのかは、利用ログに蓄積されていく。
だが、担当者の全員がSQLやPythonで分析できるわけではない。そこで同社は、分析できる人を増やすのではなく、分析そのものをAIに支援させる方向へ舵を切った。
具体的には、利用数などの定型的な集計をBigQueryで自動化した。そのうえで、なぜこの質問が増えているのか、Bad評価にどのような共通点があるのかといった、データ同士を結びつける作業をGeminiに担わせている。結果はレポートとしてまとめられ、担当者が部門内や上長にそのまま共有できる状態で、半自動的に送信される。
このレポートの特徴は、単なる集計結果にとどまらず、次に取るべきアクションまで示す点にある。問い合わせが増えているテーマには新しいナレッジの追加を促し、Bad評価が集中している回答には、元となるドキュメントが古い可能性を指摘して見直しを促す。
問い合わせが行われ、ログが蓄積され、AIが分析して改善点を見つけ、ナレッジが改善されて、再び問い合わせに活用される。こうした循環が回る構造を築いたわけである。
成果は数字にも表れている。AIチャットが適切に回答できるケースは明確に20%向上し、利用数そのものも増加した。自己解決率が高まったことに加え、AIを作って終わりにせず、改善し続けられる仕組みへと変えられたことに、同社は大きな価値を見出している。
荏原製作所は、製品を納めて終わりではなく、サービス&サポートを通じて製品を長く安全に使ってもらうための支援も行っている。正しいナレッジを探し、適切な回答を短いリードタイムで届けるという課題は、社内だけでなく顧客の現場にも存在する。今回の仕組みと改善の考え方は、顧客にも適用できると同社は見ており、今後さまざまな領域への横展開を検討しているとのことだ。







