ITから遠いと見られがちなバックオフィスが、なぜ自らクラウド環境を持ち、アプリ開発にまで踏み込んだのか。
Google Cloudが開催した「Agentic AI Summit '26 Fal」では、「AIの"利用者"から"管理者・トレーナー・開発者"へ」と題し、ソニーの経営企画部門が登壇した。
経営の参謀役である経営企画部門が、コーポレート領域におけるAI変革の先駆者になる……。10カ月にわたる取り組みの詳細と、非エンジニアが変革の担い手になる意義が明らかにされた。
経営企画部門がAIの旗振り役に
2026年10月29日に行われた本講演で登壇したのは、ソニー 経営企画部門 経営企画部の鈴木拓也氏である。
2025年11月、同部門は「AIネイティブ宣言」を掲げたという。その背景には、AIの進化が速い中で競争力を維持するには、技術系か事務系か、年齢や職位を問わず、社員一人ひとりがAIを前提に働く必要があるという考えがあった。これは、経営の参謀役である経営企画部門が、コーポレート領域におけるAI変革の先駆者になるという意思表示でもある。
最初に着手したのは、経営企画部門の全員を対象にしたBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)だ。誰がどの業務にどれだけの時間をかけ、どこに課題があるのかを洗い出し、ダッシュボードにまとめることで、AIで解決できる課題と、組織文化に根差した、より根深い課題とを切り分けられたという。
ところが、新たな壁が立ちはだかる。解決策は描けても、それを試せる環境も、使いこなせる人も、AI時代を前提に業務を変えた経験も、同部門には不足していたのだ。従来であれば、コンサルティングファームに要件定義から導入支援までを任せる場面といえるだろう。
同部門では、AIによって整理や開発のコストが下がった今、業務を最もよく知る当事者が自ら変革したほうが、To-Beを正確に描けると考えた。そこで、自身が変革のロールモデルになる道を選んだという。その取り組みは「環境」「人(技術・ノウハウ)」「経験」の3つの軸(ロールチェンジ)で進められることになる。
利用者から管理者、トレーナー、開発者へ
1つ目のロールチェンジは、利用者から(環境の)管理者への転身である。PoCを素早く回し、作っては壊して改善するサイクルを高速化するため、Google Cloudの環境を自前で持つ決断をした。経営企画部門は機密性の高いデータを扱うため、情報セキュリティチームやGoogle Cloudと連携し、社内で最も厳格とされるレビューを通したという。
2つ目は、受講者からトレーナーへの変化だ。Gemini Enterpriseのライセンスを同部門メンバー全員、100名弱に配布した上で、使い方や他社事例を共有する勉強会を開いた。
注目すべきは、部門長から部長、課長までの意思決定者に、コーディングエージェントでバイブコーディングを体験してもらった点である。業務解像度は高いのに、欲しいものを形にできなかった層が「自分でも作れる」と実感したことで、役員が「ぜひやってくれ」と語るなど、他部門の部門長や部長にも取り組みが波及し、AIの民主化を体感する場になったという。
現場への教育を重ねるだけでなく、意思決定者に上から「できる」を体験してもらう(人の)設計が、定着の鍵になったといえる。
3つ目が、利用者から開発者への転身である。Antigravityを一部メンバーに限定して提供することで、コード開発の経験のない人々が独学で使いこなし、約1カ月でさまざまなユースケースを生み出すという経験が得られたという。
象徴的なのが、決裁記録のダッシュボードである。いつ誰がどの案件を決裁したかをリアルタイムで可視化し、全役員に公開した。ダッシュボード自体はAIを使えば誰でも作れるが、対象が決裁となった途端、機密性の高いデータを含むため、外注はもちろん他部門にも任せにくくなる。内製できたからこそ、ガバナンスの向上に加え、今後の決裁規定の見直しや意思決定プロセスの改善に役立つ傾向分析が可能になったのだ。
「呪文」に聞こえたIT部門の用語
成功談だけではない。Google CloudやGemini Enterpriseの契約面では、社内に事例があるのか、包括契約はあるのか、主管先はどこかといった確認から始める必要があった。
さらに大きな壁になったのが、IT部門によるクラウドレビューである。ネットワーク図の提出を求められても書き方が分からず、SSOや多要素認証といった用語も、当初は呪文のように聞こえたという。鈴木氏は、コーポレート部門にAIを導入する側に向けて、自分たちは大人というより中学生として扱ってもらったほうが、お互いにストレスなく進むと語る。
マニュアルの問題も根深い。進化の速いPaaSやAIツールでは改訂が追いつかず、画面の配色が違うだけで現場が止まってしまう。環境、費用管理、人材育成、開発がそれぞれ別の専門部門に分かれている現状に、AI変革を速く進めるなら集約したほうがよいのではないか、との課題意識も生まれたそうだ。
それでも約10カ月で急速に進められた最大の要因は、「悩むならまずやってみよう」「何もやらないほうが損失だ」というスタンスで裁量を渡してくれた部門長と部長の存在だったという。推進側もその期待に応えようとする好循環が生まれ、AIのマスコットキャラクターを作るなど、楽しみながら進めているそうだ。
月間利用率90%超、次は会議のあり方へ
成果は数字に表れている。同部門は利用状況を独自にTier1からTier3に分類しており、2025年11月時点ではライセンスを持たずAIを使っていないTier3の層が多かったが、現在はGemini Enterpriseの月間アクティブユーザーが90%超、週間でも80%超となった。コーディング利用者にあたるTier1は、Antigravityを部門の25%に限定開放した層で、その約80%が恒常的に利用し、自身の業務の効率化や高度化、さらには組織への貢献につながるユースケースを生み出している。
今後は、Tier1で作った特化型アプリをGoogleのマネージドサービスへ寄せる取り組みと、従量課金が発生するコーディングエージェントのトークン利用ルールづくりを進める。また、経営の意思決定の高度化に向け、事前の根回しや資料作成、事後のフォローまで含めた「会議」を、AI時代を前提にゼロから見直し始めている。
鈴木氏は、AIとバックオフィスは相性がよく、非エンジニアでも変革の担い手になれると語る。ただし、そのためには推進者の熱意と理解者、関係者との密な対話という土台が要る。環境の管理者になるにはリスクも伴うが、それを取らなければクイックウィンは得られない。
自分たちの組織のAI変革は自分たちで進めるのが最も早い。この言葉が、バックオフィスでAI導入を検討する方々にとって、何よりの示唆となるだろう。










