野球において、熟練の審判であってもストライク・ボールの判定には偏りがあることが知られている。中でもよく知られているのが、カウントによる偏りだ。具体的には、打者有利のカウントではストライクと判定されやすく、投手有利のカウントではボールと判定されやすいことが報告されている。その理由としては、三振や四球を決める判定を避けたがる心理があるなど、審判の心理的な傾向として説明されてきた。

一方、心理学や神経科学では、脳はあいまいな感覚情報をそのまま使うのではなく、経験から学んだ「予測」と組み合わせて知覚を形成するという考え方がある。予測と感覚入力の重みづけは、相対的な信頼度によって決まり、見え方があいまいな時ほど、脳は予測に頼る。これを数式で表した「ベイズ感覚統合」の原理は、実験室では繰り返し確かめられてきたが、プロスポーツの試合のような現実の場面でも働いているかどうかは、十分に検証されていなかったという。

そんな中、広島大学が、メジャーリーグ(MLB)の審判のストライク・ボール判定の基準がボールカウントによって変化する「カウントバイアス」現象をベイズ感覚統合によって説明できることを示したと、10月26日に発表している。

同成果は、広島大大学院 人間社会科学研究科の友村光翔大学院生(研究当時)、同・進矢正宏准教授の研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の心理学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Psychology」に掲載された。

今回の研究成果

今回の研究では、MLBが公開している投球データ(Baseball Savant)から、2015〜2024年の公式戦において、右投手が右打者に投げた直球(フォーシーム)のうち、打者が見送り、審判が判定した45万1172球が解析対象とされた。球種や投打の組み合わせによる違いが結果に混ざらないよう、条件が統一されている。

12通りのカウントごとにストライクとボールの判定がちょうど半々になる位置(主観的等価点)が求められ、それが審判にとっての「実質的なストライクゾーンの境界」とされた。その結果、打者有利のカウントではゾーンが広がり、投手有利のカウントでは狭まる偏りが、内角・外角・高め・低めの全方向で確認された。

  • カウントによって変わる実質的なストライクゾーン。球審の実質的なストライクゾーン(ストライクとボールの判定が半々になる位置)に関する、打者有利の3ボール0ストライク(橙)と投手有利の0ボール2ストライク(青)の比較。上下左右の4方向で求めた位置を長方形で結んだ模式図で、破線はルール上のストライクゾーンを示す (出所:広島大ニュースリリースPDF)

    カウントによって変わる実質的なストライクゾーン。球審の実質的なストライクゾーン(ストライクとボールの判定が半々になる位置)に関する、打者有利の3ボール0ストライク(橙)と投手有利の0ボール2ストライク(青)の比較。上下左右の4方向で求めた位置を長方形で結んだ模式図で、破線はルール上のストライクゾーンを示す (出所:広島大ニュースリリースPDF)

カウントによって、打者が見送り、審判の判定対象になる球のコースは大きく異なる。打者有利のカウントでは、投手はストライクを取りにいき、打者もゾーン内の球を見送ることが多いため、見送られる球はゾーンの中央付近に集まる。一方、投手有利のカウントでは、投手はゾーンの外やぎりぎりを狙い、打者も際どい球はスイングするため、見送られる球はゾーンの外側に集まる。

  • カウントによって変化する審判が判定する球の位置の分布。2015〜2024年に打者が見送り、球審が判定した球の位置の分布。0ボール2ストライク(左)では見送られる球がゾーンの外側(特に高めと外角)に、3ボール0ストライク(右)ではゾーンの中央付近に集まる。審判は無意識に、この分布を「予測」として判定に取り込んでいると考えられるという (出所:広島大ニュースリリースPDF)

    カウントによって変化する審判が判定する球の位置の分布。2015〜2024年に打者が見送り、球審が判定した球の位置の分布。0ボール2ストライク(左)では見送られる球がゾーンの外側(特に高めと外角)に、3ボール0ストライク(右)ではゾーンの中央付近に集まる。審判は無意識に、この分布を「予測」として判定に取り込んでいると考えられるという (出所:広島大ニュースリリースPDF)

感覚から得た情報と、経験に基づく予測を、それぞれの確かさに応じた重みで組み合わせる情報処理を「ベイズ感覚統合」と呼ぶ。今回の研究では、この情報処理理論に基づき、審判は上述した分布を「予測」として持ち、あいまいな見え方と組み合わせて球の位置を判断していると仮定する数理モデルが構築された。

モデルに含まれる審判の特性は「判断の基準」と「見え方のあいまいさ」の2つだけで、どちらもカウントによらず一定としている。このモデルは、カウントによるゾーンの広がり・狭まりを再現し、特に高めと外角でよく一致した。

モデルの予測が実際の結果をどれだけよく説明できるかを表す指標を「決定係数」というが、判断の基準は0.80、見え方のあいまいさは0.67だった(決定係数は1に近いほど予測と実際がよく一致することを示す)。カウントの情報を使わないモデルと比べても、4方向のうち3方向で明確に優れていたとしている。

ベイズ感覚統合理論では、見え方があいまいな個人ほど予測に頼るとされる。そこで、次に89人の審判を個別に分析したところ、判定のばらつきが大きい(同じ位置の球でもストライクとボールの判定が分かれやすい)審判ほど、カウントによる偏りが大きいという有意な相関が見られたとした。

これらの結果は、カウントによる判定の偏りが、経験から学んだ予測で不確かな見え方を補う脳の合理的な情報処理として説明できることを示している。この脳の情報処理の原理を用いると、どのカウントで判定がルール上のゾーンからずれやすいかを数理的に予測できるという。

  • 判定のばらつきとカウントによる偏りの大きさの関係。1つの点が審判1人を表す(計89人)。判定のばらつきが大きい(見え方があいまいな)審判ほど、打者有利と投手有利のカウントの間で、外角の境界の差が大きかった。論文の図6Bをもとに作成 (出所:広島大ニュースリリースPDF)

    判定のばらつきとカウントによる偏りの大きさの関係。1つの点が審判1人を表す(計89人)。判定のばらつきが大きい(見え方があいまいな)審判ほど、打者有利と投手有利のカウントの間で、外角の境界の差が大きかった。論文の図6Bをもとに作成 (出所:広島大ニュースリリースPDF)

MLBでは2026年シーズンから、審判のストライク・ボール判定に異議がある際、機械(ABS)で判定を確かめられる「チャレンジ制度」が導入されている。今回の成果から、投手有利のカウントでは守備側が「ボール」判定に対して行うチャレンジが、打者有利のカウントでは打者が「ストライク」判定に対して行うチャレンジが、成功しやすいと考えられるという。

研究チームは、チャレンジ制度による機械の確認が進むことで、審判の判定の仕方がどう変わっていくのかについては、今後の検証課題とした。また今回の研究は、右投手対右打者の直球に限定して解析しており、他の球種や投打の組み合わせにも当てはまるのかどうかは分かっていない。これに関しても今後、点差や審判の疲労といった試合状況の影響も含めて、検証を進めていくとしている。

今回の研究の最終目標は、不確かな情報のもとで人が瞬時に判断を下す仕組みを、実際の現場のデータから解明することにある。経験に基づく予測で不確かな情報を補う脳の働きは、野球の審判だけでなく、医療画像の読影や空港の手荷物検査など、限られた時間と情報の中で判断するさまざまな場面に関与していると考えられる。

研究チームは今後、人間の判断がずれやすい状況を解明することで、人間が判断する場面と機械やAIによる確認が有効な場面を見極め、双方の長所を活かした協働のあり方を考えることにつなげたい、としている。