社内の問い合わせ窓口が分からず、回答を得るまでに時間がかかる。一方、人事や総務などのスタッフ部門では、問い合わせの振り分けや過去事例の検索が負担になっている。――こうした課題に対し、日立社会情報サービスはServiceNowとAIを組み合わせ、問い合わせ対応の効率化とナレッジの更新に取り組んでいる。

10月27〜28日に開催された「ServiceNow World Forum Tokyo 2026」では、同社マネージド&ソリューションサービス第2事業部 DXサービス本部の伊東咲紀氏が登壇。導入の背景や約1年間の運用で確認した効果、今後のAI活用構想を紹介した。

AI導入の目的は工数削減だけではない

システムインテグレーション事業などを手掛ける日立社会情報サービスは、事業の成長に伴って増えるバックオフィス業務への対応を課題としてきた。人的リソースには限りがあり、定型的な作業を減らして従業員が別の仕事に時間を使えるようにする必要があった。

同社が描く改革の道筋は、定型業務の効率化、従業員エクスペリエンスの向上、顧客への提供価値の最大化という3段階から成る。現在は2段階目に重点を置き、働きやすさだけでなく、従業員の成長ややりがいにもつなげようとしているという。

「私たちが目指しているのは、AIで工数を削減することだけではありません。AIに任せられる仕事はAIに任せ、そこで創出した時間を人にしかできない仕事へ振り向けることが重要だと考えています。例えば、お客様との対話、新規事業の検討、知識の探索、意思決定など、より高い価値を生み出す仕事です」(伊東氏)

  • 伊東咲紀氏

    日立社会情報サービス マネージド&ソリューションサービス第2事業部 DXサービス本部 伊東咲紀氏

そのための取り組みとして、同社では「全社的な推進体制の構築」「業務プロセス全体の見直し」「従業員が自らAIを活用できる力の育成」を掲げている。推進体制では、全社推進組織が戦略や進捗管理を担当し、バックオフィス各部門が実務の改善を進め、技術支援組織がAIの実装を支える。導入して終わりではなく、取り組みの状況や効果を継続して確認する仕組みだ。

同社は約100件の業務改善施策を選定しており、そのうち約3割が試行または適用の段階に進んでいるという。こうした改革の具体例として、伊東氏は全社共通の問い合わせ業務を取り上げた。

年間1万4,000件の問い合わせ、窓口を一本化

伊東氏によると、従来の社内問い合わせ業務では、質問する側と回答する側の双方が問題を抱えていた。

「事業部門から見ると、問い合わせ先が分からない、気軽に聞きづらい、対応状況が見えないといった課題がありました。一方、スタッフ部門では、誤った窓口に問い合わせが届く、同じような質問に繰り返し回答する、対応が担当者に依存するといった課題がありました」

導入前の2024年度、社内問い合わせは年間約1万4,000件に上った。そこで2025年度から、ServiceNowのIT Service Management(ITSM)とHuman Resources Service Delivery(HRSD)を活用し、約3,000人が利用する共通基盤を構築。問い合わせ窓口を一本化し、チャットボットやFAQ、過去の回答をまとめたナレッジを使って、従業員が自分で問題を解決できる環境を整えた。

  • 社内問合せ業務の導入

    約3,000人が利用する問い合わせ基盤。導入前の問い合わせは年間約1万4,000件に上っていた(出典:日立社会情報サービス)

AIの役割は大きく4つに分けられる。そのうち、従業員との対話による自己解決支援、問い合わせ先の振り分け、スタッフ向けの回答案作成には主に生成AIを活用する。一方、蓄積した回答履歴からナレッジの登録候補を抽出する処理にはAIエージェントを用いているという。

AIエージェントが回答履歴からナレッジ案を作成

問い合わせの回答履歴には、従業員が何に困り、どう解決したかという情報が残る。同社は、その情報をFAQやナレッジ記事として再利用し、自己解決できる問い合わせを増やすことを目指しているという。

ナレッジ更新では、2つのAIエージェントが役割を分担する。まず1つ目のAIエージェントが、インシデントレコード(問い合わせの事象や対応履歴、原因、解決内容などの記録)を調べ、ナレッジ化に適した情報を抽出する。類似する問い合わせや既存の解決情報も参照し、登録候補を次のAIエージェントへ渡す流れだ。

「2つ目のAIエージェントは、内容に応じたテンプレートを選択し、FAQやナレッジ記事のドラフトを作成します。ただし、AIが作成した内容をそのまま公開するわけではありません。最終的には、管理者が内容を確認し、承認したものを正式なナレッジとして登録します」

  • 社内問合せ業務の導入

    2つのAIエージェントが回答履歴からナレッジ候補を抽出し、記事案を作成。最終的な確認と承認は管理者が担う(出典:日立社会情報サービス)

講演では、AIエージェントの処理フローと、生成されたナレッジ記事の編集画面も示された。回答情報を基にタイトルや本文、キーワードなどの登録案を作成するため、人が一からナレッジ記事を書く負担を減らせるという。

質問者は5分、回答者は20分短縮

伊東氏によると、問い合わせ先を自分で選ぶ必要がなくなったことなどにより、問い合わせをする従業員側の所要時間は1件当たり約5分短縮したという。

回答するスタッフ側でも、過去事例の検索や回答案の作成にかかる時間が減り、1件当たり約20分の時間短縮につながった。

同社には似た名称の組織が多く、従来は問い合わせ先を誤るケースがあった。AIが内容に基づいて担当部門へ振り分けることで、「担当者間で問い合わせを回し直すディスパッチ件数も約8割削減できた」と伊東氏は説明する。

さらに、FAQやチャットボットによる自己解決が進み、スタッフ部門が直接対応する問い合わせは前年度比で約3,000件減ったという。質問する側にとっても、回答を待たずにその場で疑問を解決できるケースが増え、質問する側の負担軽減にもつながっている。

  • AI / AI Agent の活用期待効果

    質問者側で1件当たり5分、回答者側で20分を短縮。問い合わせの振り分け直しは8割、問い合わせ件数は対前年で3,000件減った(出典:日立社会情報サービス)

ナレッジ登録が増えるにつれて自己解決率も向上しているという。

「従業員数や利用範囲の拡大により、問い合わせの総数自体は増加傾向にあります。一方、チャットボットやFAQだけで解決できる問い合わせが増え、スタッフ部門が直接回答する件数は年間約15%のペースで減少しています。問い合わせ総数が増えてもスタッフの負担を減らしていく。この点が重要な効果だと考えています」

「+AI」から「×AI」へ 部門横断の申請を検証

今回の問い合わせ業務改革は、既存の業務にAIを追加して個々の作業を効率化する「+AI」の取り組みだ。これに対して同社が今後目指す「×AI」は、人とAIが協働することを前提に、業務の進め方自体を組み替える考え方である。

「従業員がどの部門に聞けばよいか、どのシステムを使えばよいかを意識するのではなく、AIを入り口として仕事を進められる状態を目指します。AIが必要な手続きを判断し、複数の業務やシステムを横断して処理を進めます」

その実現手段の一つとして検証しているのが、AI業務支援プラットフォーム「ServiceNow EmployeeWorks」だ。伊東氏が示した利用イメージでは、「来月から派遣社員が配属されます。何を準備すればよいですか」とAIに相談すると、社内の手順書などを参照して、メールアドレスやPCの準備など、必要な手続きを示す。利用者が内容を確認して一括申請を指示すると、AIが関係する部門やシステムを横断し、必要な手続きを順番に進めるというものだ。

ただし、既存システムとの連携方式や自動実行できる範囲は、現時点では検証中である。

「既存システムを置き換えるのではなく、既存の資産を生かしたまま、従業員から見た業務体験を変えられるかがポイントです」

伊東氏はこの検証を通じて得た知見を、自社だけでなく顧客の業務改革にも提供していきたいと語り、講演を締めくくった。