• 恐竜化石層から産出した白亜紀の淡水生二枚貝化石と貝殻の微細構造模式図 (出所:東大Webサイト)

    恐竜化石層から産出した白亜紀の淡水生二枚貝化石と貝殻の微細構造模式図 (出所:東大Webサイト)

化石中の生体高分子からは、絶滅生物の進化や生態を復元する上でさまざまな情報が得られる。代表的な多糖類であるキチンは、節足動物の外骨格や貝殻の有機質基質などを構成するが、微生物や酵素により速やかに分解されるため、地質時代を超えた保存はきわめて稀とされてきた。

従来の報告例も海域や閉鎖的な湖沼に限られており、流水によって酸素が供給されて微生物分解がきわめて活発な「淡水河川環境」では速やかに消失すると考えられていたことから、中生代以前の淡水生無脊椎動物における生体分子の保存限界やその保存メカニズムは未解明のままだった。

そうした中、東京大学と福井県立恐竜博物館(FPDM)の両者は、福井県勝山市に分布する前期白亜紀(約1億2,000万年前)の地層「手取層群北谷層」から産出した淡水二枚貝「Nakamuranaia soni」の「化石殻皮」から、生体高分子「β-キチン」が分子レベルできわめて良好に保存されていることを発見したと10月9日に共同発表した。

同成果は、東大 総合研究博物館の吉村太郎特任研究員(研究当時:東大大学院 理学系研究科 大学院生)、同・佐々木猛智准教授、FPDMの中山健太朗研究員、同・安里開士研究員、同・野田芳和指導研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、地球環境と生命の相互作用を扱う専門論文誌「Geobiology」に掲載された。

今回の研究成果

手取層群北谷層は、福井県勝山市などに分布する前期白亜紀の陸成層(陸上で堆積した地層)で、東アジアを代表する化石産出層だ。フクイラプトルやフクイサウルスなどの恐竜化石をはじめ、ほ乳類、カメ、魚類、淡水生貝類、植物化石が豊富に産出することで知られる。研究チームは今回、ここから産出する淡水二枚貝Nakamuranaia soniの保存状態の良い貝殻に着目し、多角的な分析を行うことにしたという。

分析の第1段階として、微細構造観察と組織化学蛍光染色が実施された。貝殻最外層の殻皮は、軟体動物の貝殻の最外層を覆う有機質の膜である。キチン質やタンパク質の複合体からなり、内側の炭酸カルシウムの結晶成長を制御する役割や、貝殻の溶解を防ぐ役割を持つ。この殻皮を電子顕微鏡で観察した結果、現生イシガイ類と一致する直径20〜50μmの多角形ハニカム構造が原型を保って残存していることが確認された。さらに、2種類の蛍光染色により、この骨格内にキチン質微小繊維が高濃度に局在していることが実証された。

  • 白亜紀の淡水二枚貝の殻皮におけるキチン質の同定と微細構造の比較 (A・B)蛍光染色像。Calcofluor White(A:青)と、Congo Red(B:赤)による染色。化石の殻皮にキチン質生体高分子が残存していることを示す (C〜F)電子顕微鏡による殻皮内面のハニカム状微細構造の観察像。現生イシガイ類(C:低倍率、D:高倍率)と同様の構造が、白亜紀化石(E:低倍率、F:高倍率)でも崩壊せずにきわめて良好に保存されている (出所:東大Webサイト)

    白亜紀の淡水二枚貝の殻皮におけるキチン質の同定と微細構造の比較 (A・B)蛍光染色像。Calcofluor White(A:青)と、Congo Red(B:赤)による染色。化石の殻皮にキチン質生体高分子が残存していることを示す (C〜F)電子顕微鏡による殻皮内面のハニカム状微細構造の観察像。現生イシガイ類(C:低倍率、D:高倍率)と同様の構造が、白亜紀化石(E:低倍率、F:高倍率)でも崩壊せずにきわめて良好に保存されている (出所:東大Webサイト)

次に、非破壊分析手法のフーリエ変換型赤外分光分析(FT-IR)による分子構造の同定が行われた。今回の研究では、FT-IRを用いて測定された化石殻皮の赤外吸収スペクトルから、β-キチン特有の官能基や結合(アミドI・IIバンド、C-O-C架橋、β-グリコシド結合)が同定された。周囲の母岩からは有機物シグナルが検出されなかったため、後世の汚染ではなく化石由来の生体分子であることが証明された。なお、β-キチンは高分子多糖類の一種で、植物のセルロースに次いで地球上で2番目に豊富な生体高分子だ。エビ、カニ、昆虫などの節足動物の外骨格や、菌類の細胞壁などを構成することで知られる。

さらに解明されたのは、初期珪化(けいか)作用と「タフォノミック・シールド」による保護メカニズムだ。元素分析と脱灰実験から、殻表面が微結晶シリカ層で密閉され、「シリカ-キチン複合骨格」を形成していることが発見された。死後のきわめて初期にシリカが微小繊維をコーティングしたこと(タフォノミック・シールド)で、微生物や分解酵素の侵入を物理的・化学的に遮断する防護壁として機能したことが判明した。

  • 化石および現生種の殻皮、標準試料、周囲の母岩におけるFT-IR吸収スペクトルの比較 (A)白亜紀化石Nakamuranaia soniの殻皮 (B)現生イシガイ類Nodularia douglasiaeの殻皮 (C)標準β-キチン (D)周囲の堆積岩(陰性対照)。グラフ中の破線は、β-キチンに特有のアミドI、アミドII、C-O-C架橋、β-グリコシド結合の振動バンドを示す。化石(A)においてこれらの特徴的な分子骨格が確認され、母岩(D)ではシグナルが皆無であることから、化石本来のβ-キチンが分子レベルで残存していることが実証された (出所:東大Webサイト)

    化石および現生種の殻皮、標準試料、周囲の母岩におけるFT-IR吸収スペクトルの比較 (A)白亜紀化石Nakamuranaia soniの殻皮 (B)現生イシガイ類Nodularia douglasiaeの殻皮 (C)標準β-キチン (D)周囲の堆積岩(陰性対照)。グラフ中の破線は、β-キチンに特有のアミドI、アミドII、C-O-C架橋、β-グリコシド結合の振動バンドを示す。化石(A)においてこれらの特徴的な分子骨格が確認され、母岩(D)ではシグナルが皆無であることから、化石本来のβ-キチンが分子レベルで残存していることが実証された (出所:東大Webサイト)

こうした分析結果をもとに、古環境と保存プロセスの統合モデルが構築された。地層中の石灰質ノジュール(乾燥の証拠)や木炭化石(山火事の証拠)から、激しい乾季の後に発生した雨季の鉄砲水によって、貝と野火で生じた灰が急速に埋没したことが示唆されるという。埋没後に火山灰の溶解に伴うシリカ過飽和水が浸透し、微生物分解が本格化する前に殻を急速に珪化・カプセル化したことが、約1億2,000万年もの長期間に及ぶ分子保存を可能にしたと推測された。

今回の研究は、「分解がきわめて激しい淡水河川環境では生体高分子は長期保存されない」という従来のタフォノミー(化石化作用論)の通念を覆す成果とする。野火が発生する地域では、火山灰由来の自生シリカが死後初期に有機物を密封するタフォノミック・シールドとして働くことで、過酷な淡水環境下でも分子レベルの化石が保存され得る新たなメカニズムが実証された。これにより、これまで見過ごされてきた陸域・淡水域の堆積層が、未知の生体分子化石を宿す有望なフィールドであることが示された形だ。

今後、同位体質量分析やアミノ酸の検出・解析を組み合わせることで、中生代の陸上生態系における動植物の有機質化石から、失われた進化情報を解読できると期待されるとしている。