はじめに
従来の降圧型スイッチング・レギュレータには、周波数が低い領域(100kHz未満)の性能に影響を及ぼすノイズ源がいくつか存在します。なかでも重要なノイズ源としては、フィードバック系で使用される電圧リファレンス、エラー・アンプ、出力電圧の設定に用いられる抵抗分圧器、その分圧器によって生じるノイズ・ゲインなどが挙げられます。多くのアプリケーションでは、ノイズ性能を向上させるために、スイッチング・レギュレータの出力段にLDOレギュレータを配置する方法が使われています。しかし、この種のソリューションには、サイズが大きくなるという欠点があります。また、電源全体としてトータルの効率が低下します。さらに、LDOレギュレータの出力電流能力が制約になるという課題が存在します。
アナログ・デバイセズ(ADI:Analog Devices)は、「Silent Switcher(サイレント・スイッチャ) 3」と「μModule」の両技術を適用したスイッチング・レギュレータ(以下、μModuleレギュレータ)を提供しています。
μModuleレギュレータでは、電流リファレンスを基にして帰還電圧を生成するアーキテクチャを採用しています。従来のスイッチング・レギュレータのように上側/下側のフィードバック抵抗を使用するのとは異なり、出力電圧の設定には1個の抵抗だけを使用します。その抵抗と、μModuleレギュレータが内蔵する高精度の電流源を組み合わせることで出力電圧が決まります。この構成により、出力電圧の全域にわたって、ユニティ・ゲインを実現できることに加え、ノイズを抑制することが可能になります。超低ノイズのμModuleレギュレータには、電流リファレンスのアーキテクチャに加え、電磁干渉(EMI:Electromagnetic Interference)をキャンセルするための技術や独自の設計、独自のパッケージング技術が適用されています。例えば、「LTM4707」は優れた出力ノイズ性能を達成しています。このμModuleレギュレータを採用すれば、特に低い周波数(10Hz~100kHz)におけるノイズ性能を高められます。
本稿では、ノイズ性能の高い電源回路に注目することにします。それに向けて、まずはノイズの測定方法に関する用語をいくつか紹介します。また、非常に小さいノイズを測定する方法について詳しく解説します。その上で、Silent Switcher 3をベースとするμModuleレギュレータ(LTM4707)と、比較の対象になる他のモジュールのノイズの測定結果を示すことにします。
ノイズの測定環境
図1は、ノイズの測定環境をブロック図として示したものです。本稿では、このような構成によって非常に小さなノイズを測定します。いちばん左側には、バッテリまたは低ノイズのリニア電源を配置しています。これにより、被測定デバイス(DUT)であるLTM4707にクリーンな電源を供給します。
また、低ノイズ・アンプ(LNA:Low Noise Amplifier)への給電にもバッテリを使用します。LNAは、特定の周波数範囲を対象として、DUTの出力信号を必要なレベルまで増幅します。測定環境が原因で生じるノイズや干渉をさらに低減するには、電子負荷ではなく、パワー抵抗で構成した負荷抵抗バンクを使用する方が適しています。LNAからの出力はスペクトル・アナライザで取得し、ノイズ・スペクトル密度を測定します。図2に示したのが実際の評価環境の外観です。
図3には、出力ノイズの測定結果の例を示しました。これは、LTM4707を2つ使用し、それらを2相動作させた場合の結果です。
ノイズに関する用語
ここでは、ノイズに関する用語をいくつか紹介します。
- ノイズ・スペクトル密度:ノイズ・スペクトル密度(単位はV/√Hz)は、所定の周波数範囲におけるスイッチング・レギュレータの広帯域ノイズを表す指標です。この測定値は、選択された分解能帯域幅におけるノイズの振幅を表します。
- RMSノイズ:RMS(二乗平均平方根)ノイズとは、所定の周波数範囲にわたるノイズ・スペクトル密度を積分した値のことです。通常、その測定結果は、所定の周波数範囲(例えば、10Hz~100kHz)におけるμVrms単位の値で表されます。この測定値を使えば、他のLDOレギュレータやスイッチング・レギュレータとの比較を迅速に実施できます。
- スポット・ノイズ:スポット・ノイズとは、特定の周波数におけるノイズ・スペクトル密度の振幅(単位はV/√Hz)のことです。例えば、LTM4707の1kHzにおけるスポット・ノイズは4nV/√Hzです。スポット・ノイズの測定値は、他のLDOレギュレータやスイッチング・レギュレータと比較するためのもう1つの手軽な指標になります。
データ処理
スペクトル・アナライザによってdBm単位の測定値が得られたとします。その場合、V/√Hz単位のノイズ・スペクトル密度を求めるには、以下の式を使用します(スペクトル・アナライザは50Ωで終端されていると仮定)。
ここで、dbmは、スペクトル・アナライザによって1mWを基準として測定したdB単位の値です。RBW(Resolution Bandwidth)は、スペクトル・アナライザの分解能帯域幅を表します。
式(1)による計算結果は、LNAの出力におけるノイズの測定値を表します。DUTにおけるノイズの測定値を求めるには、対象とする周波数範囲におけるLNAのゲインを考慮して補正を実施します。例えば、100kHzにおけるLNAのゲインが1000倍(60dB)であるなら、式(1)から得られた同周波数におけるノイズの測定値を1000で割ります。それ以外の各周波数で得られた測定値についても同様に処理します。LNAのゲインは、波形発生器とオシロスコープを使用し、LNAの入力信号と出力信号を測定することで算出できます。より高い精度を得るためには、「Bode 100」のようなネットワーク・アナライザを使用します。同アナライザで生成したリファレンス信号を用いることで、対象とする周波数範囲にわたるLNAのゲインを測定することができます。
DUTからのノイズだけを高い精度で測定するには、測定環境に起因するノイズを考慮することが重要です。その方法としては、まずLNAの入力端子を50Ωといった低インピーダンスの抵抗で終端します。そして、その状態でノイズを測定します。その結果を利用すれば、LNAやスペクトル・アナライザに起因するノイズを分離できます。つまり、図1の環境で測定された総ノイズから環境に起因するノイズを差し引けば、DUTのノイズを求めることが可能になるということです。
また、ノイズのスペクトル密度をV/√Hz単位で測定できれば、選択した周波数範囲における積分RMSノイズを求められます。その値は、中点リーマン和などの手法を用いてデータをグラフ上で積分することで取得します。以下に示す式は、この手法の数学的表現です。
ここで、Nnはスペクトル・ノイズ密度(単位はV/√Hz)、fnは周波数(単位はHz)です。
この方法では、まず隣接するデータ・ポイントのノイズ・スペクトル密度をそれぞれ2乗し、両者の平均値を求めます。その値に、隣接するデータ・ポイント間の周波数の差を乗じます。これを各区間について算出し、得られた各値の総和の平方根をとります。
LTM4707を2相動作で使用する
ノイズ性能を低下させることなく、スイッチング・レギュレータからより多くの電流を出力できるようにするにはどうすればよいでしょうか。低ノイズのμModuleレギュレータを使用する場合、それらを2つ使用して、2相動作の構成を実現するとよいでしょう。例えば、2個のLTM4707を2相動作させた場合、計32Aの出力電流を得ることができます。
LTM4707はピーク電流モードの制御方法を採用しています。また、複数個のLTM4707を多相動作させることで電流の分担を容易に実現できます。複数個のLTM4707を並列に接続すれば、出力電流能力が増大するだけでなく、出力ノイズが低減されます。図4に示したのは、2個のLTM4707を2相動作させる場合の回路構成です。この回路では、VOUTピン、COMPピン、SETピンを相互に接続し、1相側のCLKOUTを2相側のSYNCピンに入力しています。PHMODEピンをグラウンドに接続することで、各相のクロック信号の位相を180°ずらした最適な2相インターリーブが実現されます。
前掲の図3は、2つのLTM4707を2相動作させた場合のノイズ・スペクトル密度です。参考のために、2相動作させた場合の効率と電力損失を図5に示しました。
ノイズ・スペクトル密度の測定にLTpowerAnalyzerを利用する
アナログ・デバイセズが提供する電源設計用の評価キット「LTpowerAnalyzer」とLNAを組み合わせれば、極めてノイズ性能の高いμModuleレギュレータのノイズ・スペクトル密度の測定作業を簡素化できます。このソリューションにより、高価なスペクトル・アナライザやネットワーク・アナライザを使用することなく、非常に小さいノイズを測定することが可能になります。また、最終的なノイズ・スペクトル密度のプロットや、RMSノイズの測定値の算出が自動化されるので、評価に必要な時間が短縮されます。さらに、従来のスペクトル・アナライザを用いた評価環境で発生しがちな手作業による誤りも回避できます。
図6に示したのは、LNA、LTpowerAnalyzer、アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000」を組み合わせた評価環境です。図7には、この環境でノイズを測定した結果を示しました。この図では、Silent Switcher 3を採用したLTM4707を2相動作させた場合とSilent Switcher 2を採用した「LTM4638」を2相動作させた場合のノイズ性能を比較しています。
まとめ
スイッチング・レギュレータのノイズ性能は、最終的なアプリケーションにおいてノイズに敏感な負荷に大きな影響を及ぼす可能性があります。場合によっては、スイッチング・レギュレータのノイズ性能が原因で、放射EMIに関する厳しい規格を満たすのが困難になるかもしれません。従来の降圧レギュレータでは、出力電圧を得るためのフィードバック回路で使用する抵抗分圧器によってゲインが生じます。そのゲインが原因となり、出力電圧が高くなるにつれて低周波ノイズが増大するという問題が生じます。これを回避するために、スイッチング・レギュレータの後段にLDOレギュレータを配置する手法が広く用いられてきました。しかし、この方法では、コストや回路全体のサイズが増大し、効率が低下してしまいます。LTM4707は、Silent Switcherのアーキテクチャを適用した製品です。このμModuleレギュレータは、フィードバック電圧を生成するための電流リファレンスや、EMIを低減するための高度な設計、パッケージング技術を採用しています。それにより、10kHz~100kHzで8μVrmsの積分ノイズ、1kHzにおいて4nV/√Hz未満のスポット・ノイズを達成します。また、5V/16Aを出力するという条件下で、約95%という高い効率が得られます。
本記事はAnalog DevicesのTECHNICAL ARTICLE「Minimizing Noise in High-Current Applications Using Tiny μModule Regulators」を翻訳・改編したものとなります
参考資料
・Todd Owen、Amit Patel「AN-159: Measuring 2nV/√Hz Noise and 120dB Supply Rejection on Linear Regulators(リニア・レギュレータの2nV/√Hzのノイズと120dBのPSRRを測定する方法)」Analog Devices、2016年2月
・Jim Williams、Todd Owen「AN-83: Performance Verification of Low Noise, Low Dropout Regulators(低ノイズのLDOレギュレータの性能を検証する)」Analog Devices、2000年3月
・Henry Zhang「AN-149: Modeling and Loop Compensation Design of Switching Mode Power Supplies(スイッチング電源のモデリングとループ補償設計)」Analog Devices、2015年1月








