
AI(人工知能)時代となり、半導体の需要は急増中だ。その半導体の製造に欠かせないのが「フォトマスク」で、世界トップを走るのがテクセンドフォトマスクだ。2025年10月に東証プライムに上場した同社はTOPPANホールディングスから分社・独立した会社だ。社長CEOの二ノ宮照雄氏は「企業の1部門でいるよりも素早い投資判断ができる」と語る。世界に9つの拠点を有し、世界トップシェアに上り詰めることができた秘訣とは。
「フォトマスク」の意義
─AI時代にあって半導体への大胆な投資が活発化しています。テクセンドフォトマスクの強さから聞かせてください。
二ノ宮 当社の強みの1つは、新工場を建設中のシンガポールを含め、世界9拠点に展開している点です。これによりワールドワイドで半導体チップの製造過程で回路原版として使用される「フォトマスク」が常にお客様の側で提供できる体制を構築していることになります。
そういった意味では、常にお客様に寄り添った形で生産を展開し、お客様のニーズに合わせた最先端の技術を含め、全てを提供できている点は当社の強みです。日本では、当社の研究開発の中核を担う朝霞(埼玉県)に開発・製造拠点、滋賀に製造拠点を持っています。
海外では、ドイツのドレスデンにも開発・製造拠点があり、米国のラウンドロック、フランスのコルベイユ、中国の上海、台湾の桃園、韓国の利川に製造拠点を展開しています。
─ 米中対立の時代に両国に拠点があるのは興味深いです。
二ノ宮 ええ。米中の両国に拠点を持っているというのは、今回のような関税といった変動要素が出てきたときでも、従来とは異なる対応策がとれるなど様々な選択肢を選ぶことができるといった利点がありますね。
─ 技術面では世界トップレベルになるのですか。
二ノ宮 そう思います。半導体自体が常に微細化に向かって進化を続けています。微細化することによってコストも下がり、かつ電力の消費量も低くて済みますからね。微細化の流れは将来限界があるものの、当面続いていくでしょう。
半導体の製造に欠かせない「フォトマスク」
─ 微細化は日本の得意な領域と言っていいのですか。
二ノ宮 そうです。日本はファブレス(製造設備を持たずに設計や販売に特化し、製造を外部に委託するビジネスモデル)やファウンダリーとしては、それほど大きくはありませんが、材料や装置面では存在感があります。特に材料面では8割以上のシェアを占めています。
半導体製造装置についても3~4割は日本ですからね。 「失われた30年」と呼ばれる期間、多くの日本企業は、半導体事業を一部門として展開していました。しかし、現在の世界における半導体の主流は専業が中心です。専業でないと、積極的かつ大規模な投資を進めることができないからです。
お客様の経営が変化していく中で、大きな投資を素早く経営判断していくには大きな会社の一部門であるよりも、分離・独立した方が効果的です。ですから当社も1961年に凸版印刷でフォトマスクの開発・製造に成功して以来、事業を拡大し、2022年にTOPPANホールディングスから分離・独立しました。
それまでは、投資判断において、数ある事業の一つという位置づけだったからです。
─ 専業にすることで、強みに磨きをかけられると。
二ノ宮 そうですね。他の事業にも投資しなければなりませんから、どうしても分散してしまいますし、それを適宜判断していくことになるため、それなりに時間がかかってしまいます。しかし、分離・独立すれば投資判断も早くなり、その精度も上がってきますからね。
安全保障に絡む半導体の国産化
─ TOPPANグループから分離・独立してからの4年間をどう振り返りますか。
二ノ宮 事業面で言うと、コロナ禍以降、半導体需要は非常に高まりました。そういった意味では、私たちにとって大きなチャンスが増えてきているというのが1つ目になります。
2つ目は国としても国家安全保障の観点で、半導体を国内で安定的に調達できるようにするというスタンスをとっていますから、2ナノ(ナノは10億分の1)㍍世代の先端半導体をはじめ、メモリで言うとデータを一時的に保存する「DRAM」やデータを長期保存する「NAND型フラッシュ」も含めて、全てを国内で調達できる体制を構築できていると。これは当社にとっては大きな追い風です。
─ 高市早苗政権の17分野の成長投資にも入っています。
二ノ宮 はい。半導体を製造することができる地域は、アジアでは日本や中国、韓国、台湾、シンガポールが主です。他は米国やドイツ、フランスなど限られた地域です。
製造できる国・地域は限られていますし、半導体自体は軍事やAIをはじめ、全ての生活や国家運営の中で必要とされる非常にインフラに近いものになっています。
だからこそ、半導体が調達できないという状況になってしまっては、国としても非常に好ましくないと。その点でも半導体は安全保障にも絡むということになるのだと思います。そのため、これからも持続的に大きく成長していく業界ではないかと思っています。
─ フォトマスクでのシェアはどのくらいになるのですか。
二ノ宮 当社を含めた大手3社で世界の外販フォトマスク市場の80%以上のシェアを占めており、当社はそのうちの40・5%と世界トップのシェアを占めています。その原動力は、技術力と品質、そして短納期への対応力です。
半導体製造では、光を使ってフォトマスクの回路パターンをウエハ上の感光材に転写する「露光工程」があります。フォトマスクは、この工程で使われる回路の原版です。短いものでは、24~48時間で製造・出荷する必要があります。だからこそ、お客様に近いところでつくることが重要なのです。
複雑なものでは1週間から10日かかったりするものがありますが、それくらいの短いサイクルタイムになります。
フォトマスクがないと半導体露光プロセスができませんから、フォトマスクの納品が止まれば、お客様がつくるチップの製造が止まってしまうということになります。それだけ非常に納期が大事になる製品なのです。
─ 名実ともにグローバルなビジネスと言えますね。
二ノ宮 はい。従業員の約4分の3が海外ですからね。
─ 今後の設備投資ではどのようなスタンスをとりますか。
二ノ宮 今年は設備投資に約600億円を投じます。シンガポールに新しい工場をつくり、次に韓国にも新しい工場をつくります。更に米国の工場には追加のラインを新設する予定です。加えて今後はAIの中身も変わっていくと思います。
今まではどちらかというと、学習を中心としたAIとしての技術力が高まり、クラウド上でのAI導入の需要が高まっていました。GPU(画像処理装置)やメモリで言うとHBM(複数のDPAMチップを垂直に積み重ねた3D積層構造を持つ次世代の半導体メモリ)が必要とされていたわけです。
しかしこれが次第に推論と言われる、いわゆる私たちが質問したことに対して答える方のAIへと変わっています。その答えるスピードアップが求められており、NAND型フラッシュメモリの需要が非常に高まっています。
ですから、特定のGPUだけではなく、違うメーカーの最先端半導体も出てくるのではないかと思います。
AIの中身が変わっていく
─ AIや半導体でも進化のスピードが速くなると。
二ノ宮 そうです。実際に学習から推論というステージに徐々に移ってきているわけですからね。それからもう1つは「エッジコンピューティング」です。
例えば自動車や携帯電話、さらにはロボットなどを動かす際に、いちいちクラウドからデータを送受信していたら時間がかかってしまうところを、端末上で判断させていくという技術です。
分かりやすいところで言えば、自動運転ですね。自動車に備えられたセンサーの情報をもとに、内蔵されたAIが判断し、クラウドを介さずに、その場で右に曲がったり、止まったりすると。
クラウドにデータを上げて、分析して自動車にデータを届けていたら、それだけで遅延してしまいます。こういったフィジカルAIと呼ばれる分野が広がっていくでしょう。
─ ここで日本の強さを発揮できる可能性はありますか。
二ノ宮 あると思います。もともと産業用ロボットは安川電機やファナックをはじめ、日本企業が高い競争力を持つ分野です。フィジカルAIにも半導体は搭載されますから、当社の出番も増えていきます。
自動車やスマートフォン、ロボットなどにいくつも搭載するためには、半導体の更なる微細化や低価格化が求められるようになってきます。
─ 日本の存在感を高める契機にもなりますね。さて、二ノ宮さんはなぜ凸版印刷(当時)に入社したのですか。
二ノ宮 早稲田大学では応用化学を専攻していました。就職活動をする際、印刷会社を調べてみたら、その事業範囲がとても幅広いことを知りました。それだけ様々な技術を持っていることに関心を覚えたのです。
また、通常の印刷会社は印刷しか手掛けていませんが、凸版印刷は当時から多角化を進めていました。そこが面白いと思いました。
商業印刷から半導体部門へ
─ 入社してから半導体の仕事を担うまでの経緯とは。
二ノ宮 私はもともと商業印刷の技術を担当していました。チラシやカタログなどです。ですから私は当社で唯一、網点が読めます(笑)。網点とは印刷で階調や色の濃淡を表現するために使う、細かい点のパターンのことです。ですから、色指定もできるんです(笑)。
朝霞工場が勤務先だったのですが、昔で言うところの製版の技術屋として時代の変遷を辿ってきました。
例えば、コンピュータで版下(レイアウトデータ)を作成し、印刷物を制作するデスクトップ・パブリッシング(DTP)と呼ばれる技術が出てきたときは、導入したパソコンの「マッキントッシュ」でデザインして直接印刷していました。
─ 半導体関連の事業に携わったのはいつからですか。
二ノ宮 2008年です。まさにリーマン・ショックのときです。異動したら儲からず大変な状況でした。ただ、1~2年で潰れるような会社ではありませんでしたので、事業は継続できました。それこそ先ほど申し上げた多角化のメリットが発揮されたからだと思います。
ただ、そのときは立て直しに奔走することになりました。その間に市況が好転し、更には14~15年にかけて半導体の需要が高まっていきました。
もともと日本では自社で設計・製造・組み立て・検査・販売まで全て一貫して行う半導体メーカー(IDM)が主流でしたが、その頃から受託製造のモデルが広がり始めたのです。その中で当社はフォトマスクに絞って技術を磨いてきたわけです。
─ フォトマスクに絞り込むことで、ひたすら前進する道を選んだということですね。今後の方向性とは?
二ノ宮 先ほど申し上げたように、当社には外国籍の社員も多いですから、多様性のある会社を目指していこうと。多様性が生み出す付加価値は当社にとっては有益です。その一方で、多様性とは様々な方向に向かっていくものです。そこでは大きな方向性が求められます。
その方向性は、北極星のような存在と言いましょうか。大きな方向性に導いていくのが私たちの役目であり、世界9工場をワンチームとして、同じ方向を向いて目標を達成する。そうすれば、皆がハッピーになれると。それが私たちの一番の強みであり、目指す方向性だと思っています。
