AIが現実の空間で状況を認識・判断し、車両やロボットなどを動かす「フィジカルAI」。その形態はヒューマノイドロボットに限らず、自動運転車や清掃ロボット、倉庫の搬送機器など多様だ。一方、現場で安全かつ安定的に稼働させるには、機器の性能だけでは解決できない課題もある。

10月8~9日に開催された「NTT docomo Business Forum'26」では、NTTドコモビジネスのエバンジェリストである玉井佑治氏と増田知彰氏が「ビル・倉庫から街へ、そしてあらゆる場所へ ~フィジカルAIによる自律化のロードマップ~」と題して講演。国内外の事例を基に、運用上の課題と社会実装に必要なシステム設計について解説した。

自動運転車から清掃ロボットまで、広がるフィジカルAI

玉井氏は冒頭、典型的なフィジカルAIの姿を生成AIに描かせたところ、ヒューマノイドロボットが出てきたと紹介した。ただし、現実にはさまざまな種類のフィジカルAIがあり、すでに実用化や実証実験が進んでいるという。

その一例が米Waymoのロボタクシーだ。車両に搭載したカメラやLiDAR、レーダーなどで周囲の状況を捉え、ほかの車両や歩行者の動きを予測しながら走行する。Waymoは米国の主要都市ですでにサービスを展開している。

玉井氏が紹介したアックスタイムズの調査では、2025年の世界のフィジカルAI市場は約2兆円規模で、そのうち乗用車・ロボタクシーが約1兆8000億円を占めるという。一般の車でも運転支援や自動駐車などにAIが使われていることに触れ、玉井氏は「一番身近なフィジカルAIは車かもしれない」と語った。

  • 玉井佑治氏

    NTTドコモビジネス エバンジェリスト 玉井佑治氏

似た仕組みで異なる業務を担うのが、Trombia Technologiesの自律清掃ロボットだ。フィンランドのポルヴォーでは、カメラやLiDARなどを備えたロボットが街の道路を清掃している。玉井氏が注目したのは、その導入方法だった。

「この町はロボットを購入するのではなく、Robotics-as-a-Serviceという形で、8年間の契約を結んで『清掃という成果』を購入しています。フィジカルAIを社会実装するとき、単にロボットや車両を購入するだけでは、なかなかうまくいかないかもしれません。ビジネスモデルも一緒に考える必要があるという好事例だと思います」(玉井氏)

人との協調とセキュリティがフィジカルAIの課題に

実社会で動くフィジカルAIには、想定外の事態への対処も求められる。玉井氏が紹介したのが、2025年12月にサンフランシスコで発生した大規模停電だ。当時、信号機が消えた交差点でロボタクシーが立ち往生し、渋滞などが起きたという。

玉井氏によれば、車両は本来、信号が消灯していても自律的に交差点を通過できるよう設計されていた。停止した理由は、信号を認識できなかったからではない。

「市内の広い範囲で信号が消えるという、通常ほとんど発生しないような事態になりました。そこで一部の車両が念のため人間の確認を取ろうと判断し、監視センターへ問い合わせました。この動作自体は正常だと思われます。ただ、問い合わせが大量に発生してオペレーターが処理しきれなくなり、車両が停止したまま待機することになったんです。フィジカルAIの性能だけでなく、統合的な運用や人間との協調をどう実装するかが重要だと考えています」(玉井氏)

また、セキュリティ上のリスクも無視できない。玉井氏が挙げたのが、警備ロボットの例だ。

「パトロール車両やマンションの警備ロボットも、監視した情報をセンターや管理者に送り、最終的には人間が判断します。そう聞くと安全なのかなと思ってしまいますが、いろんな攻撃ポイントがある。例えばAIの設定を変更されたり、位置情報を偽装して想定外の場所に誘導されたり、ロボットからデータを抜き取られたりする可能性があります」(玉井氏)

IoTから発展するフィジカルAIの仕組み

続いて増田氏は、こうしたトラブルやリスクをシステムの構造から捉えるため、フィジカルAIの構成要素について説明した。ロボットなどの機能は、人の体になぞらえると4つに分けられるという。カメラやセンサーの「目」、取得した情報を認識して動作を計画する「頭」、物を扱うアームやハンドの「手」、車輪などで移動する「脚」だ。

増田氏はフィジカルAIを、これまでのIoTと連続した技術として捉えている。

「IoTではモノをネットワークにつないで情報を集め、分析してフィードバックするという仕組みが始まっていました。そこに自律的に判断し、現実の空間でものが動くという要素が加わっています。神経網であるIoTをベースとして、フィジカルAIでは手や筋肉が動くようになった。そう考えると、何か新しくて怖いものではなく、これまでの積み重ねとして捉えられると思います」(増田氏)

  • 増田知彰氏

    NTTドコモビジネス エバンジェリスト 増田知彰氏

こうした仕組みの前提となるのは、現場の機器とサーバーやアプリケーションを安定して接続するネットワークだ。通信手段は用途や場所に応じて、ローカル5G、携帯電話網、Wi-Fi、有線などを使い分ける。センサーが取得したデータを収集・蓄積・分析し、その結果を機器の動作に反映することで、現実空間とデジタル空間を連携させる。

また、AIによる判断機能をすべて機器本体に搭載する必要はない。増田氏は、求められるリアルタイム性や安全性に応じて、デバイス、エッジ、クラウドに知能を分散配置する考え方を説明した。

TrustworthinessとSystem of Systems

フィジカルAIでは、情報の漏えいなどを防ぐセキュリティに加え、人との衝突やけがを防ぐ安全性も求められる。増田氏は、システムが総合的に信頼に足るかどうかを考える概念として「トラストワージネス(Trustworthiness)」を挙げた。セキュリティ、安全性、プライバシー、システムが安定して動作するという意味での信頼性、レジリエンスなどを含む考え方だ。AIの説明責任や公平性、透明性なども考慮する必要があるという。

さらにロボタクシーの例では、車両のほか、信号機や道路網、監視センターなどが関係する。増田氏は、複数の独立したシステムが連携して1つの目的を果たす構造を「System of Systems」と説明した。

「自社の管理下にあるシステムだけではなく、連携先を含めて全体が正しく動く設計が必要になります。そのためには技術だけでなく、人や組織、責任の所在も含めて全体を設計する必要がある。都度すべてを組み上げ、関係性を洗い出して最適化するのは、難しくなっています」(増田氏)

  • System of Systems

    System of Systemsと全体アーキテクト

こうした負担を軽減するため、NTTドコモビジネスが打ち出すのが「AI-Centric ICTプラットフォーム」だ。増田氏は、共通化できる機能をあらかじめプラットフォーム側に用意し、企業が個別の業務やサービスの設計に注力できるようにする考えを示した。

自動運転・ビル・物流で進む取り組み

講演の終盤では、こうした考え方を踏まえたNTTドコモビジネスの取り組みが紹介された。玉井氏は、自治体や地域の交通事業者と進める自動運転について、車両だけではなく周辺の設備やシステムとの連携が必要だと説明した。

「ネットワークの安定化やキャリアエッジでのコンピューティング、クラウド側の運行管理システムに加え、スマートポールや路上のカメラ、センサーといったインフラとの協調も含めて、全体を連携させながら自動運転を実現することに取り組んでいます」(玉井氏)

ビルや街の管理では、設備の状態をデータとして集め、デジタル空間上の設備情報を更新して点検や保守に活用する。増田氏は、同社がビルのIT化からデータ活用、AI活用へと段階を踏んできたことに触れ、複数のロボットの統合管理やエレベーターとの連携も紹介した。

製造・物流の分野では、Mujinとの連携を進めている。ロボットの制御に加え、現場データを用いた遠隔監視や映像のAI分析などを組み合わせる。

「ロボットそのものだけではなく、その空間や組織、プロセス全体を最適化する支援を、Mujinさんとタッグを組んで進め始めています」(増田氏)

玉井氏は、フィジカルAIの社会実装には幅広い技術を組み合わせる必要があるとした上で、こうした技術の社会実装を通じて顧客の事業成長や社会課題の解決に取り組みたいと意気込みを語り、講演を締めくくった。