龍角散・藤井隆太の『私の社長30年史』(第27回)6.24とは

2002年6月24日に開催された株主総会が当社復活の大きな転機となったことから当社ではこの日を象徴的に「6・24」と呼んでいます。

 株主総会前日に海外出張から帰国した私は何食わぬ顔で出社しました。しかし自宅の家内には何回も会社から電話があり、藤井家分の委任状を提出するように要求するのですが、家内は適当に答えていました。

 いよいよ総会が始まる時間になると、当時の役員7名は役員会議室に集まり、昼食会を始めようとしました。株主総会を書面だけで済まそうとしたのです。

 

 するとそこに突如として母と家内、妹まで現れたのです。藤井家の株主全員が勢ぞろいしたことになります。その時の役員連中や秘書の慌てようは大変なものでした。

 私は「株主総会を始めます」と宣言して藤井家全員が席につきました。役員連中は「これは違法だ」と騒ぎ始めましたが、私は事前の打ち合わせ通り、淡々と事を進めました。

 しかも議長ですから一方的に議事を進めることはできません。後々総会決議の取り消しや無効・不存在の訴えを起こされる恐れもあるので、必ず意見を求めることが必要です。

 家族は弁護士との事前の打ち合わせ通り、現取締役による経営状態の悪化を追及し、私以外の役員全員の再任をしないよう要求したのです。当然役員連中は猛反対でしたが、皆動じません。

 

 しかも当時、当社がシンガポールから輸入していたタイガーバームの製造元から、私を実質的な社長に復帰させないと、直ちに取引を停止するとの先方の社長名で通告書まで届いたのです。役員たちの当惑は相当なものでした。

 これはシンガポール側からの強烈な申し出に対し、私が秘密裏にシンガポールを訪問して事情を説明したことで実現しました(現在タイガーバームの日本での販売は他社に移行しています)。

 家族の協力により、私以外の役員7名全員を再任しないことが決議され総会の終了を宣言すると、元役員たちは慌ててメールを打とうと自席に戻りました。しかしもうできません。

 それどころか、総務担当者から、「もうあなた方は役員ではないので、とりあえず事務所から退去願います。私物は直ちに別送いたします」と通告しました。

 実は総会の直前、総務部のシステム担当者に「本日の正午を期して、私以外の役員全員の社内LANシステムへのアクセス権限を停止せよ」と指示しておいたのです。その社員は全てを悟ったようで、何の抵抗もなく、「承知しました。お任せください」とだけ応えたのが印象的でした。

 しかし役員連中の猛反対の中、母・家内・妹も全く動じませんでした。しかも退室する元役員に「今まで大変お世話になり、ありがとうございました」と、にこやかに挨拶までしていたのです。いざとなると女性は強いものだと思い知りました。またも家内に助けられたことになります。

龍角散・藤井隆太の『私の社長30年史』(第26回)復権の予兆