
7月、コーポレートガバナンス・コードが改訂された。今回の改訂を一言で表すなら、「形式から実質へ」ではないかと思う。社外取締役の選任など、ガバナンスの形はこの10年で整ってきた。これから問われるのは、それが企業価値向上に本当に機能しているかである。
私自身、複数の企業で社外取締役を務めるだけに、身が引き締まる思いがする。しずおかフィナンシャルグループでは、この夏、一泊二日の役員合宿を行い、新しいコードについて学び、議論した。
そこで改めて考えたのが、「監督」とは何をすることなのかという問いである。日本語では、経営者が間違ったことをしないよう見張る役割のようにも聞こえる。しかし本来は、果断な意思決定や健全なリスクテイクを可能にすることも、監督の重要な役割である。
会社はどこへ向かうのか。誰に経営を託すのか。どこに投資し、どのリスクを取るのか。社外取締役も、こうした重要な意思決定を担う取締役の一人である。
しかし、ここには大きな課題がある。毎日会社にいる経営者と比べ、社外取締役が持つ情報は圧倒的に少ない。その状態で、本当に意思決定に参画できるのだろうか。
社内と同じ情報量を持つことはできない。だからこそ、何を知らなければ決められないのかを問い、必要な情報を自ら求める。そして社外だからこそ見える市場、技術、政策、異業種の変化を持ち込む。異なる情報と視点を持ち寄ることで、意思決定の質を高めることが必要になる。
そのための仕組みも重要だ。米国企業では、監査、指名、報酬に加え、リスク、テクノロジー、戦略などを扱う社外取締役による委員会を設け、外部の専門的知見も取り込みながら判断を支える例がある。
日本でも、監査等委員会をはじめ各種委員会を、単なる手続きの場ではなく、社外取締役が専門家の知見や情報を得て、取締役会の議論を深める基盤へ進化させる余地があるのではないか。
取締役会と執行は、単に「監督する側」と「監督される側」ではない。役割と責任は異なるが、企業を成長させる目的は同じである。異なる目と耳を持ちながら、緊張感を保ち、車の両輪として進む関係でありたい。
「監督」を「見張ること」から「良い経営を可能にすること」へ。私自身も、限られた情報に甘んじず、見えていないものを意識しながら、経営の当事者として必要な情報と知見を求め、取締役として決めた結果に向き合える存在になれているのかを問い続けたい。
それこそが、取締役会を形式から実質へ進めることなのだと思う。