小売業界では、キャッシュレス決済やクラウドサービスの普及により、店舗で利用するシステムの相互接続が進んでいる。一方、接続先が増えるほどサイバー攻撃の侵入口も増え、システム障害が店舗の営業や取引先との関係にまで影響するおそれがある。

10月8~9日に開催された「NTT docomo Business Forum'26」では、東芝テック 執行役員 プロダクト・プランニング&クリエーションセンター長の平井修氏が登壇。「店舗セキュリティの転換~『店舗を止めない』小売業界の次世代IT基盤戦略とは~」と題し、セキュリティ強化を「事業への投資」と捉える理由を説明するとともに、NTTドコモビジネスとの協業による次世代IT基盤の構築について紹介した。

POSだけでなく、店舗全体を守る時代へ

講演の冒頭、平井氏は、店舗を止めないためのセキュリティ対策について次のように強調した。

「このセキュリティ強化というのは、単なるITコストではありません。事業への投資です」

  • 平井修氏

    東芝テック 執行役員 プロダクト・プランニング&クリエーションセンター長 平井修氏

東芝テックは、POS・セルフレジの導入ベースで国内53%のシェアを持つという。コンビニエンスストアをはじめ、24時間365日稼働する店舗のシステムを長年支えてきた。その経験から平井氏が問題提起したのが、店舗を取り巻くIT環境の変化である。

かつてPOSシステムは、外部から切り離された閉じたネットワークの中で稼働していた。そのため、POSシステム自体を保護することがセキュリティ対策の中心だった。

しかし現在は状況が大きく異なる。POSシステムはクレジットカードや電子マネーといった決済システムだけでなく、発注・棚卸しなどの業務システム、防犯カメラ、Wi-Fi、クラウドサービスなど、さまざまな機器やサービスと接続されている。

こうした変化の背景には、小売業界が直面する人手不足や人件費の高騰がある。限られた人員で店舗を運営するため、業務の効率化やシステム間の連携が進められてきた。

一方、接続する機器やサービスが増えれば、それだけサイバー攻撃の侵入口も増える。ルーターやネットワークカメラなど、外部と接続する機器が攻撃の起点となる可能性もある。平井氏は「もうどこから入られるかわからない。これが今の時代」だと警鐘を鳴らす。

問題は、店舗のIT環境が複雑化する中で、セキュリティ対策が個別に積み重ねられ、全体としての設計が追いついていないことだ。

例えば、店舗ごとに異なるセキュリティポリシーが採用されていたり、POS通信と業務通信が同一ネットワーク上で運用されていたりするケースがある。後者の場合、業務用PCがマルウェアに感染すると、その影響がPOSシステムにも及ぶおそれがある。

さらに、情報システム部門の人手不足も深刻だ。監視すべき機器や接続先が増えても、それらを常時監視する人員を十分に確保できるとは限らない。ベンダー側も多くの顧客を抱えており、監視や対応に手が回らない場合があるという。

システム間の連携によって店舗業務の効率化が進む一方で、守るべき範囲は広がり、セキュリティ管理の負担も増しているというわけだ。

売上にとどまらない、店舗停止のリスク

こうした環境の変化を踏まえ、平井氏は「店舗が止まることは経営リスクである」と訴えた。

店舗のシステムが停止した場合、まず考えられるのは売上機会の損失だ。POSシステムや決済システムが利用できず、営業を継続できなければ、本来得られるはずだった売上を失うことになる。

しかし、問題はそれだけではない。

例えば、利用しようとした店舗が営業していなければ、消費者は店に対して不満を持つかもしれない。サイバー攻撃による障害の情報がSNSなどで広まれば、企業のブランドイメージが損なわれる可能性もある。

さらに深刻なのが、取引先からの信頼への影響だ。小売業の事業活動は、商品の発注や入荷時の検品、仕入れ代金の支払いなど、さまざまな業務によって成り立っている。これらを支えるシステムが停止すれば、取引先の業務にも影響が及び、信用を失うおそれもある。

  • 店舗停止のリスク

    店舗停止のリスク

また、取引先からの評価は、システム障害が起きていない平時にも重要になる。

その一例として平井氏が紹介したのが、経済産業省主導で2026年度末の運用開始が予定されている「サプライチェーン・セキュリティ対策評価制度(SCS評価制度)」だ。企業のセキュリティ対策の水準を星の数で示す仕組みである。同氏は、小売企業も取引先から求められるセキュリティ水準を意識し、自社の対策状況を外部に示していく必要があると説いた。

継ぎ足しの対策から、ネットワーク基盤の刷新へ

では、複雑化した店舗のIT環境をどのように守ればよいのか。

平井氏が提案するのは、セキュリティ機器を追加して対策を強化するのではなく、ネットワーク基盤そのものを見直すというアプローチだ。

従来の店舗システムでは、新しいサービスや機器を導入するたびに、必要なネットワーク機器やセキュリティ対策を追加してきたケースが少なくない。

「継ぎ足して積み上げてきたものというのは、どこかにほころびがあるんですね。今の世の中、(攻撃者は)そのほころびをついてきます」

個別の機器や接続部分に脆弱性が残れば、そこを侵入口として被害が拡大するおそれがある。そこで平井氏が示したのが、従来の境界防御から、ゼロトラストとSASE(Secure Access Service Edge)を前提としたネットワーク構成への転換である。

従来型の境界防御では、社内ネットワークと外部ネットワークの境界を守ることが重視されてきた。これに対してゼロトラストでは、ネットワークの内外を問わず、アクセスの正当性を確認することを基本とする。

また、仮に侵入されたとしても、被害を広げないことが重要だ。それには、まず何を守るのかを明確にし、侵入後の被害が広がる範囲をどう制限するか、どのような運用体制を設けるかを順番に考える必要がある。

SASEのアプローチでは、ネットワークとセキュリティの機能をクラウド側に集約する。店舗ごとに個別の機器を追加して守る従来の構成を見直し、管理を一元化するとともに、侵入されても被害の横展開を防ぐ構成を目指すわけだ。

  • ゼロトラストとSASE

    ゼロトラストとSASEを前提としたネットワーク構成への転換

さらに、ネットワークの設計から構築、保守までを一貫して手がけることも重要になる。平井氏は、人手不足に直面する小売企業がこれらを自社だけで担うことの難しさについても指摘した。

店舗のIT基盤を包括的に支える仕組みづくり

こうした次世代IT基盤の実現に向けて、東芝テックが協業相手として選んだのがNTTドコモビジネスだ。

東芝テックは、POSシステムを中心に小売店舗のシステムを長年支えてきた。店舗内の機器構成や業務の実態を理解していることが強みである。

一方、NTTドコモビジネスは、全国規模の通信インフラに加え、NaaS(Network as a Service)基盤やクラウド型セキュリティなどの分野に強みを持つ。

平井氏は、協業に至った理由について、次のように語った。

「店舗のLANのところまではわかるんですけど、今の非常に複雑になってしまったネットワーク部分は、自分たちだけではやりきれない。正直そう思いました」

そこで東芝テックは、両社の強みを組み合わせ、店舗のIT基盤を包括的に支える仕組みを構築しようと考えた。

この協業から生まれたのが「PIP ゼロトラストRINK」である。同サービスは、ネットワーク、セキュリティ、運用保守の3つを一体化したものだ。通信ネットワークとクラウド型のセキュリティ機能を組み合わせ、導入後の運用保守まで対応する。

個別の機器やシステムごとに対策を追加するのではなく、基盤全体を一体として構築・運用することで、小売企業の情報システム部門の負担軽減も目指すとしている。

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最後に、平井氏は店舗ネットワークに求められる役割の変化について「これまでネットワークの役割はさまざまな機器やシステムをつなげることだったが、今は違う」と声を強めた。

「今求められているのは、ネットワークをしっかり構築することによって、システムと、それを利用する店舗の業務を止めないことです」

同氏は、協業を通じて店舗システムの安定稼働を支えていく旨を改めて強調し、講演を締めくくった。