Microsoft 365 Copilotをはじめ、ChatGPT Enterprise、Claude Enterprise、Gemini Enterpriseなど、企業が利用できるAIの選択肢が急速に増えている。さらにAIアシスタントからAIエージェントへと活用範囲が広がる一方、コストやセキュリティ、ガバナンスといった新たな課題も浮上している。企業はどのAIを選び、どう活用すればいいのか。Gartnerのシニア ディレクター アナリストであるマックス・ゴス氏に、Microsoft 365 Copilotの価値からマルチAI、AIエージェントのガバナンスまで話を聞いた。

  • Gartner シニア ディレクター アナリスト マックス・ゴス氏

    Gartner シニア ディレクター アナリスト マックス・ゴス氏

「AIを使うか」ではなく「どのAIを使うか」へ

生成AIの登場から数年が経過し、企業におけるAI活用は新たな段階に入りつつある。かつては「AIが企業にとって本当に役立つのか」が議論されていたが、ゴス氏は、この問いにはすでに答えが出たと見る。

「数年前は、AIが組織にとって有用なのかという質問をよく受けました。しかし、その問いにはすでに決着がついたと思います。AIは有用です」

実際、企業向けAIアシスタントの中で広く利用されているのがMicrosoft 365 Copilotだ。ゴス氏によれば、企業では無料版のCopilotから有料版へ移行する動きもみられ、Microsoft自身も契約への組み込みなどを通じて普及を後押ししている。

ゴス氏は、今後AIが業務に浸透していく姿を、Microsoft Wordのスペルチェック機能になぞらえる。スペルチェックをわざわざオフにしないのと同じように、AIを利用することが前提となり、企業が従業員に求める生産性の水準そのものも高まっていくという。

「AIを使わなければ、遅れすぎてしまうようになるでしょう。問題はAIを使うかどうかではなく、どのAIが必要なのかです」

ただし、AIを導入すれば、そのまま企業の利益につながるわけではない。ここで企業が直面するのが、CopilotをはじめとするAIへの投資効果をどう評価するかという問題だ。

ゴス氏は、Copilotの投資効果を考える際、「導入によって何人の人員を削減できたか」といった直接的なコスト削減だけを求めるのは「間違っている」と指摘する。もちろん、AIエージェントを適切なワークフローに組み込むことで直接的なコスト削減につながるケースはある。しかし、Copilotがもたらす価値はそれだけではないという。

ゴス氏は、こうした効果を測る考え方として、財務的な投資対効果を示すROI(Return on Investment)だけでなく、従業員への効果を見るROE(Return on Employee)を挙げる。ROIが直接的な財務効果を見るのに対し、ROEでは、Copilotの利用によって日々の仕事が改善したか、より多くの仕事をこなせるようになったか、従業員自身が生産性の向上を実感できているかといった点に目を向ける。

こうした効果が必ずしも直接的な業績につながるとは限らない。それでもゴス氏は、直接的なコスト削減効果が見いだせないからといってAI活用を諦めるべきではないと指摘する。重要なのは「新たなAIの世界で従業員をエンパワーすること」だという。

企業AIは「Copilot一択」ではない、複数AIを使う理由

では、企業は数あるAIの中から何を基準に選べばいいのだろうか。

ゴス氏は、まず確認すべきポイントとして、AIエージェントを活用したワークフローをどのように構築できるか、既存システムとどの程度連携できるかを挙げる。さらに、ガバナンスやセキュリティ、価格・コストも重要な判断材料になるという。

もちろん、企業がすでに利用しているIT環境も選択を左右する。Microsoft 365を中心に利用している企業ならMicrosoft 365 Copilot、Google Workspaceを中心とする企業ならGeminiが有力な選択肢になる。一方、特定のオフィススイートに依存せずAIを活用したい場合には、ChatGPTやClaudeも候補になるとゴス氏は説明する。

ただ、既存環境との親和性だけで1つのAIに絞ればいいわけではない。ゴス氏は「すべての卵を1つのかごに入れる」という表現を使い、特定のベンダーへの依存度が高まるリスクも考慮すべきだと指摘する。

実際、企業のAI活用はすでに「1社に絞る」方向には進んでいない。Gartnerの調査では、Microsoft 365を他のツールで補完すると回答したITリーダーのうち、66%がM365 Copilotと並行して少なくとも2つの企業向けAIアシスタント(EAIA)を導入していた。

では、なぜ、企業は複数のAIを必要とするのか。その理由の1つが、それぞれのAIが持つ強みの違いだ。

ゴス氏によれば、Copilotは登場当初、ChatGPTやClaudeなどと比べて機能面で見劣りする部分があり、その印象が現在も残っているという。ただし、現在のCopilotが他のAIより遅れているという見方については「その認識は大部分が誤っている」と指摘した。

一方で、ClaudeにはCopilotではできないこともあり、最先端の機能を求める企業であればAnthropicやChatGPTを検討することになるという。そうした中でゴス氏は、Copilotを「middle of the road, solid enterprise AI tool」と表現した。いわば、企業が導入しやすい「手堅いAI」という位置付けだ。

なぜMicrosoftはCopilotにClaudeを取り込んだのか

複数のAIを使い分けようとしているのは、ユーザー企業だけではない。Microsoft自身も、Copilotで利用できるAIモデルの選択肢を広げ、OpenAIだけに依存しないマルチモデル化を進めている。その象徴的な動きが、AnthropicのClaudeの採用だ。

ゴス氏は、Claudeを取り入れたことで、CopilotとMicrosoftが「かなり恩恵を受けている」と見る。特に興味深いのが、ExcelやWord、PowerPointといったMicrosoft自身のアプリケーションとの連携だ。

「皮肉なことに、Excel、Word、PowerPointとのインテグレーションはClaudeのほうが得意でした。Copilotは、これらの製品ではあまり得意ではなかったのです」

MicrosoftにとってClaudeの採用は、Copilotの機能を補完できるだけでなく、これまで大きかったOpenAIへの依存度を下げられるというメリットもある。

もう1つのメリットが、ユーザーを単一のAIモデルに固定しないことだ。ゴス氏はAIモデルを「世界の見方(view of the world)」にも例え、複数のモデルを選べること自体に意味があると説明する。

ただし、マルチモデル化は新たなリスクも生む。OpenAIへの依存を減らせる一方、Microsoftが複数のAIベンダーに依存することになり、いずれかで問題が発生すればCopilotにも影響する可能性があるからだ。

さらに企業にとって注意が必要なのが、データがどこで処理されるかという問題だ。ゴス氏は、MicrosoftがAnthropicのモデルをホストしているわけではなく、Claudeを利用する場合にはAnthropic側でデータが処理されると説明する。そのため、日本を含む米国外の企業では、データがどこで処理されるのかを確認する必要があるという。

Microsoftの公式資料でも、AnthropicはMicrosoftのサブプロセッサとして位置付けられており、AnthropicモデルはEU Data Boundaryなど一部のデータ所在地に関するコミットメントの対象外とされている。

AIモデルの選択肢が増えることで、Copilotの能力は広がる。一方、企業が管理すべき対象も複雑になる。そして、この「選択肢の増加」という問題は、AIモデル以上にAIエージェントの世界で大きな課題になろうとしている。

AIエージェントの急増で「Agent Sprawl」が企業リスクに

AIの選択肢が増える中、企業が次に直面するのがAIエージェントの管理だ。従業員が自らAIエージェントを作成できる環境が整いつつある一方、組織内で多数のエージェントが乱立する「Agent Sprawl(エージェントスプロール)」への懸念も高まっている。

ゴス氏は、Agent Sprawlについて「将来起こる問題ではなく、すでに起きている」と話す。企業で利用されるAIエージェントの数は今後急速に増えるとみられ、それに伴ってセキュリティやコスト、情報の信頼性といった問題も拡大する可能性がある。

例えば、適切に管理されていないAIエージェントが攻撃者に侵害されれば、新たな攻撃経路になり得る。また、同じような役割を持つエージェントが社内で重複して作られれば、無駄なコストも発生する。さらにゴス氏は、エージェント同士がやり取りする中で誤った情報が伝播し、問題が拡大していくリスクも挙げる。

では、企業は従業員によるAIエージェントの作成を厳しく制限すべきなのか。ゴス氏は、それではAIエージェントがもたらすイノベーションまで阻害してしまうと語る。

「エージェントを制限するのは分かりやすい答えですが、制限しすぎればイノベーションを妨げます」

必要なのは、AIエージェントを一律に禁止することではなく、リスクに応じて管理することだ。ゴス氏は、これを「Adaptive Governance(適応型ガバナンス)」という考え方で説明する。

例えば、エージェントがどの程度自律的に動くのか、どのデータにアクセスするのか、どのシステムと接続するのか、何人と共有されるのかといった要素によって、セキュリティやガバナンス上のリスクは変わる。一方、社内だけで利用するのか、顧客など社外の人も利用するのか、重要な業務に使われるのか、どの程度のコストが発生するのかといった運用面のリスクも考える必要がある。

こうした要素からエージェントごとのリスクを評価し、そのリスクに応じたガバナンスを適用する。すべてのエージェントを同じルールで縛るのではなく、リスクの大きさに応じて管理方法を変えるという考え方だ。

AIで「長年解決できなかった問題」が解決するわけではない

AIアシスタントやAIエージェントの能力が急速に高まる中、企業はAIにどこまで期待すべきなのだろうか。

ゴス氏に、現在の企業AIで「最も過大評価されているもの」と「最も過小評価されているもの」を聞いたところ、過大評価されているものとして挙がったのは、特定のAI技術や製品ではなかった。「AIを導入すれば、企業が長年抱えてきた問題を解決できる」という期待そのものだった。

「企業が何年も抱えていて、これまで何をやっても解決できなかった問題を、AIなら解決してくれるという考え方です。しかし、そんなことは起こりません」

AIを導入するだけで、既存の業務や組織が抱える問題が魔法のように解決するわけではないという。

一方、ゴス氏が最も過小評価されていると考えるのが、AIを使う人のスキルだ。

AI技術は急速に進歩しているが、それを実際の仕事にどう生かすのかという人間側の能力が追いついていない。ゴス氏は、今後数年間、これが企業のAI活用を阻む大きな要因になると見る。

「テクノロジーの進歩は、人々がそれについていき、仕事に落とし込む能力を上回っています」

それにもかかわらず、企業はAIそのものへの投資に比べ、従業員のスキル向上には十分な投資をしていないという。

では、今後1~2年で企業AIの中心になるのは、AIアシスタントなのか、それともAIエージェントなのか。

ゴス氏は、この2つを別々のものとして考えること自体が難しくなっていくと見る。Microsoft 365 CopilotやChatGPT、GeminiといったAIアシスタントは、単に質問に答えるツールから、複数のAIエージェントを動かすためのプラットフォームへと変わりつつある。

将来的には、ユーザーがAIアシスタントに指示を出すと、その背後で複数のAIエージェントが動き、実際の業務を実行する。つまり、AIアシスタントとAIエージェントは競合するものではなく、次第に一体化していくという。

AIを使うこと自体が目的だった段階から、どのAIを選び、どの業務で使い、どう管理するのかを考える段階へ――。AIアシスタントとAIエージェントの境界が薄れていくほど、企業にはAIそのものだけでなく、それを使いこなす従業員のスキルと、活用を阻害しないガバナンスの両方が求められることになりそうだ。