南極は極寒と乾燥のきわめて厳しい世界であるため、野外には菌やウイルスさえ存在できないようなイメージがあるが、実は極限環境に適応したさまざまな微小生物が生息している。「乾眠」状態を通じて宇宙空間の真空状態でも一定期間なら生存が可能であるなど、極限環境への適応力で地球最強クラスの生物として知られる「クマムシ」の仲間も南極にいる。しかし、2023年に新種として記載された南極固有種「クマデオニクマムシ」(Milnesium rastrum)については、これまで詳しい生態が解明されていなかった。

東京都立大学、総合研究大学院大学、横浜国立大学の3者は、現在活動中の第67次南極地域観測隊の調査において、昭和基地近くの露岩域である「ラングホブデ地域」で、クマデオニクマムシが多数生息する場所を発見し、雌雄で爪の形状が異なる、そしてほかのクマムシを食する捕食者であるなど、新たな特徴や生態が明らかになったと、9月10日に共同発表した。

  • (左)クマデオニクマムシの全体像。(右)その特徴的な爪(上が雄、下が雌)。(出所:都立大Webサイト)

    (左)クマデオニクマムシの全体像。(右)その特徴的な爪(上が雄、下が雌)。(出所:都立大Webサイト)

同成果は、都立大大学院 理学研究科生命科学専攻の杉浦健太助教、総研大 先端学術院 極域科学コースの高平夏芽大学院生、横国大大学院 環境情報研究院の和田智竹特任研究員の共同研究チームによるもの。詳細は、日本動物学会が刊行する、基礎動物学分野を広く扱う英文オープン・アクセスジャーナル「Zoological Letters」に掲載された。

南極固有の「クマデオニクマムシ」はどのような生態なのか?

南極の湿地帯には、厳しい寒冷・乾燥環境に適応した多様な微小動物が生息している。その1つであるクマムシ類については、これまでに多くの種類が報告されてきたが、その生態や他の生物との関係などについては未解明な点が多く残されている。

その中でクマデオニクマムシは、第56次南極地域観測隊の夏季活動(2014〜2015年)において昭和基地周辺で発見され、2023年に新種として初記載された。一般的なクマムシとは異なる特徴的な爪を持つことはわかっていたが、これまで確認された個体数がきわめて少ないため、雌雄での差異や成長に伴う形態変化、自然環境での食性など、基本的な生態すら解明されていなかった。

そうした中、第67次南極地域観測隊に参加した研究チームが、昭和基地から約20km離れた露岩域(夏に雪が溶けて地表が剥き出しになる一帯)のラングホブデ地域にて、クマデオニクマムシが多数生息する場所を発見。そこで、詳しい形態・生態調査を行うことにした。

今回の研究成果

今回の調査では33個体が採集され、内訳は17個体が雄、14個体が成体雌、2個体が幼体だった。この結果から、野外における雄と雌の割合はおおむね1対1である可能性が示された。

さらに詳しく観察したところ、雌は雄より大型で、最大742μmに達する一方、雄は最大549μmで、体後半部がより細身になることが明らかにされた。また、雄の第1脚には、雌には見られない特徴的な鉤状の爪が大きく発達していることも観察された。こうした性差は事前に予測されておらず、今回初めて統計的に詳しく示された形だ。

クマデオニクマムシの特徴である爪の先の突起の本数にも、体の大きさに伴う変化が確認された。特に雌では、体が大きくなるほど突起の数が増える傾向が強く、大型の個体では最大7個の突起が確認された。一方、雄の第1脚では、この数が一貫して2個に保たれていた。これらの結果は、雄と雌で成長に伴う形態変化の仕組みが異なる可能性が示されているとした。

さらに今回は、クマデオニクマムシが自然環境で何を食べているのかについての手がかりも得られたという。これまで、実験室で飼育した個体がワムシを食べることは報告されていたが、今回は採集した個体の消化管が調べられた。すると、他のクマムシの爪や口器、咽頭の構造などが発見された。

  • (左)一般的なクマムシの口器の形。(右)クマデオニクマムシの胃内容物。(出所:都立大Webサイト)

    (左)一般的なクマムシの口器の形。(右)クマデオニクマムシの胃内容物。(出所:都立大Webサイト)

捕食されていたクマムシの特徴が詳しく調査された結果、同じラングホブデ地域に生息し、1964年に当時の南極観測隊によって発見された「Diphascon langhovdense」である可能性が高いことが明らかにされた。つまり、クマデオニクマムシは南極の自然環境において、他のクマムシを餌とする捕食者として生活していること、すなわち南極の微小な生態系の中で、クマムシ同士の捕食・被食関係が存在することが明らかにされた。

これまで極限環境に耐える生物として注目されることの多かったクマムシだが、今回の研究により、クマデオニクマムシが南極の自然環境の中でどのような形態を持ち、どのように成長し、他の生物とどのような関係を築いているのかの一端が明らかにされた。これまでは標本不足のため研究が難しかったが、今回は多数の個体を一度に調査できたことが、大きな成果につながったとした。

今後、異なる地域から採集した個体を比較することで、クマデオニクマムシの分布や食性、繁殖・交尾行動など、さらに詳しいことが明らかにされることが期待されるという。また、雄の第1脚に発達した鉤状の爪が、交尾の際にどのような役割を果たすのかについても、今後の重要な研究課題になるとした。

今回の研究を契機として、今後、さらに野外での調査や比較研究が進むことで、南極の微小動物からなる生態系における食物網や、極限環境に生息する生物の多様性・生態の理解が進むことが期待されるとしている。