
中国では「Z世代」の若者と文化大革命を経験した世代との思想のギャップが生まれている。元駐中国特命全権大使の宮本雄二氏は「中国はこれから変わる」と強調する。その一方で日本もこれまでの日米同盟の在り方が変わる局面を迎えつつある。同氏は「日本は米国よりもアクティブに動くべきだ」と提言。今の中国をどう分析し、日本はどんな行動を起こすべきなのか。
習近平と若年層との違い
─ 前回、宮本さんは日本の外交戦略として日米同盟を「基軸」としつつも、その基軸が揺らいだ場合は、様々な柱で支えられるようにしていくことが大事だと訴えていました。その柱の1つが日中関係とも指摘していましたが、その中国の現状認識を聞かせてください。
宮本 中国は、時代ごとにものの考え方が変わってきています。中国の復権は、どの時代の指導者も考えて来ましたが、習近平は1966年から76年までの文化大革命の影響を受けた文革世代であり、その世代のものの考え方とは「中華民族の偉大な復興」です。
具体的には、2050年頃までに経済や科学技術、軍事力などの総合国力を米国に追いつき追い越すという国家目標になります。それは文革世代の中国の人たちからすると心躍る夢であり、「そういう中国になって欲しい。そういった中国になれれば素晴らしい」という価値観です。
─ 習氏は少年時代に下放(中国で都市の青年や幹部を農村や辺境へ長期的に送り出し、労働と生活を通じて鍛錬させる政策・運動)されていますね。
宮本 そうです。一見、下放されて共産党に反発するように思えますが、決してそんなことはありません。文革世代の人々は当時の最高指導者であった毛沢東を当時から今でも崇拝しています。
毛沢東の時代に生まれ、大きくなってきた世代ですから、憧れのようなものを持っているのです。しかし、改革開放を行った鄧小平(78年から89年までの最高指導者)に対しては、毛沢東ほどの憧れはありません。
─ 実務家だからですか。
宮本 そうですね。中国をここまで強い国にし、経済も発展させた功績は大変なものだということで、その点での功績は文革世代も認めています。しかし、彼らにとって心を躍らせるものではない。
今の中国の問題は心を躍らせるものがないということなのです。特に今の中国の30代以下の「Z世代」と呼ばれる若い世代のものの考え方は日本の若者と全く同じです。世界中が同じ考え方になっています。
─ 中国の若者は国という存在をどう捉えているのですか。
宮本 彼らは教育で国というものや愛国主義を教えられてはいますが、古い世代が望むような愛国心はありません。ただ、いろいろな歴史教育などを受けていますから、「そういうものなのか」と思っているかもしれませんが、逆に今の若者が心躍るような話は文革世代の人々には響かないわけです。
私が強調したいのは、習近平をはじめとした文革世代は海外をあまり知らないという現実です。
89年に共産党中央軍事委員会主席に就任し、93年から国家主席を兼ねた江沢民でさえ、50年代半ばにロシア・モスクワの自動車工場で研修したことがあり、その工場に住み込んで勉強を重ねた経験があったほどです。ですから、彼は旧ソ連とも親交があったのです。いずれにしても、海外での駐在経験があったと。
─ しかし、習氏にはそういった経験がないのですね。
宮本 そうです。ところが、習近平の次の後継者の世代になると違います。現在の60代の幹部は年齢的にも後継者になる可能性が段々なくなってきていますから、50代や40代が後継者世代になります。
この世代は鄧小平の改革開放政策が華やかなりし頃の1990年代から2000年に青春時代を送り、社会に出た人たちになります。
ですから、この世代にとって鄧小平の改革開放の考え方は骨の髄にまで染み込んでいる。そのような世代から次の指導者が出てくることになります。彼らは皆、海外を経験している世代ですから海外の現場も知っているわけです。もちろん、一部は海外留学もしている人たちです。
政治に対する不満
─ グローバルにつながっているという意識があると。
宮本 ええ。こういった海外を知っている世代の人々が、これからの中国の主流になっていくわけです。そうするとポスト習近平の時代は変わると思っています。その後はZ世代が控えている。そういった世代交代が起こる中国で今のまま続けていっても、国をまとめることはできません。
中国共産党の統治という大きな枠組みは残るにしても、中身は変わり得るということです。
─ 経済的にも豊かになり、環境は変わりましたね。
宮本 はい。ですから今の習近平のやり方には不満が出てきているのです。政治が経済に強く関与するようになり、政治が口出しした結果、本来の経済のパフォーマンスができていないという不満です。中国の景気回復が遅いことに国民は不満を感じているわけです。
したがって、中国の経済自体の問題もありますが、経済政策が常に遅れている上に、不十分なところに問題があります。「Too late , Too little」になりがちです。
若年層との価値観の違いに直面しつつある習近平氏
─ 不動産大手の中国恒大集団は事実上、経営破綻の状況ですね。
宮本 中国政府は不動産産業をテコ入れしたものの、需要喚起はしなかった。不浄なお金を山ほど稼いだ人々が経営再建に成功できなかった。なぜ国が乗り出して、そんな人たちを助けなければいけないのか、ということでしょう。
経済学には数字はあっても不浄などない。とにかく不動産業を回復させて需要を喚起することが経済にとって大事だというのが経済学であり、不動産政策です。
習近平の頭の中では、価値観というか、そういう政治的な判断がどうしても働いてしまうのでしょう。そうすると、放っておけばいいという考え方になり、そのまま放っておいてしまった。
その結果、倒産しかかると、お金は払い込んでいても、品物は来ないというので社会問題になる。そのときにやっと命令を出して地方政府にその分を全部処理させるわけです。
─ 不満も貯まりますね。
宮本 ええ。ですから国民が支払い済みの建物については必ず建てさせるように地方政府に命令を出しています。しかも大体やり遂げる。この点は、やはり中国共産党の凄いところです。しかし、そうでない案件は面倒を見ず、倒産しても構わないという対応です。
そういった企業はもう仕方がない、その程度でいいんだ、と。その一方で、ハイテク関連の新規企業をどんどん興して今はハイテク関連産業を中心に経済を回そうと考えています。
いずれにしても、習近平のやろうとしていることについて、次の世代がどのような反応を示すかというのは今後の注目点だと思います。経済は経済のロジックで回るのであり、中国が市場経済を放棄できない以上、私は経済に関しては、鄧小平が敷いた路線に戻っていくのではないだろうかと思っています。
中国社会が強靭な理由
─ この場合、中国の財政力は持つのでしょうか。
宮本 持ちます。というのも、中国共産党の統治機構というか、官僚機構というものが、とても優秀であるという点から言えます。何に対しても相当の準備ができているということです。
彼らは世界の全てのバブル経済、17世紀に起こったオランダの「チューリップ・バブル」から始まって、日本の例も何千人もの学者を動員して研究し、その原因ととられるべき対策を熟知していますからね。
─ しかし、研究していても自分たちが今はバブル崩壊で不動産業界は深刻な状況です。
宮本 そのバブルの何が問題だったかという点に関しては、金融システムが影響を受けたから問題が起こったのであって、バブルが弾けること自体ではないと知っています。
ですから、金融はずっと前からテコ入れして金融に及ばないように手を打っているんです。そのため、不動産がガタガタしても、経済システム全体には大きな影響が出ないようにしているわけです。
それから中国社会が強靱なのは、伝統的な価値観がまだ生きているという要素もあります。今は若年層の就職率が低く、かなりの数の学生が就職できないという説もあるほどです。しかし、中国の世の中は落ち着いている。それは若い子たちの両親が生活を支えているからです。
また、「農民工」と言われる農村戸籍を持ちながら都市部などで非農業の仕事に従事する出稼ぎ労働者が都市に出てきて、うまくいかなくても田舎に帰る家がある。田舎に帰れば両親や親戚がいて、何とか飯は食わせてもらえる。そういう中国社会の助け合うネットワークが構築されているのです。
それに中国の田舎もどんどん経済は伸びていて、田舎にも就職先が見つかるようになってきました。政府を頼りにせずに生きていけるわけです。
究極の日本の安全保障とは?
─ だから表立った反発も起こっていないと。
宮本 そうです。中国のソーシャル・セーフティー・ネットワークは社会全体にあって、そう簡単に社会が崩壊しないという状況になっているのです。いずれにしても、私がずっと言っているのは、中国が変わるという前提で中国と付き合う必要があるということです。
─ 中国は変わると。
宮本 はい、変わります。それは自分をどう見るかで外との接し方も変わるでしょう。自信があれば余裕は出るし、自信がないと自分を守ろうとする。この心の変化と世代の変化があると。
だから変わるのです。そういうことも視野に入れて、どういう方向に中国を変えるかということも踏まえた、中国に対する働きかけが今後の対中政策の肝になると言えます。
─ 米国より、もっとアクティブに日本は動くべきですか。
宮本 そうです。日本は動くべきです。日本の国家利益を追求するためです。しかし、軍事安全保障には軍事安全保障のロジックがあります。これはこれで軍事安全保障の面では正しい。
中国が急激に軍事力を増大し、日本とのパワーバランスで日本が不利になってくる状況が生まれている。そのバランスを回復させるために、日本が一定の防衛力の増強を図るのも自然な動きです。
ですから私は防衛力の増強に反対はしません。ただ私が強調しているのは、安全保障の専門家がどんなやり方で日本の安全を保障するかを丁寧に説明すべきだという点です。
今は日米安保があり、米国が前面に立って日本が側面支援をすることで、中国と全面的に対峙できるという戦略です。しかし今後は米国が引いていくはずです。
「世界の警察官」を標榜していた米国の力が相対的に弱くなり、これまでよりも引いていくのは世の趨勢ですから、日本もどんどん前に行くように言われるでしょう。
─ 日本にとっても環境が大きく変わる局面を迎えると。
宮本 ええ。そういう中で究極的には米国がどこまでやるかは信用できないということもあり得るわけです。そういった場合のプランBやプランCといったものも考えておかなければなりません。
究極の日本の安全保障とは、他国の軍事的な恫喝に屈しないということであり、専守防衛です。日本の国力から海外展開は無理でしょう。
─ 中国も軍事的な脅迫に出てくる可能性はあるのですね。
宮本 全ての国にその可能性はあります。安全保障は善意に頼れません。安全保障の世界は性悪説なのです。これは万国共通です。その現実に日本はしっかりと向き合っていかなければならないのです。(次回に続く)
