米国航空宇宙局(NASA)の有人月飛行ミッション「アルテミスII」が、日本時間2026年4月7日、月フライバイ(接近して通過する飛行)を終えた。

人類が月の近くを飛行したのは、1972年の「アポロ17」以来、およそ54年ぶりとなった。クルーは月の裏側の地形を観察したほか、人類史上最も遠い地点まで飛行した。

  • 月の裏側に入る直前、宇宙船から観測された「地球の入り」 (C)NASA

    月の裏側に入る直前、宇宙船から観測された「地球の入り」 (C)NASA

アルテミスIIの月フライバイ

アルテミスIIは、NASAが主導する有人月探査計画「アルテミス」の2番目のミッションだ。4人の宇宙飛行士を乗せた「オライオン」宇宙船で約10日かけて地球と月のあいだを往復し、宇宙飛行士を乗せて安全に飛行できるかどうかを確かめるとともに、将来の本格的な月探査に向けたさまざまな試験や技術実証を行うことを目的としている。

オライオンには、NASAのリード・ワイズマン宇宙飛行士、ヴィクター・グローヴァー宇宙飛行士、クリスティーナ・コック宇宙飛行士、そしてカナダ宇宙庁(CSA)のジェレミー・ハンセン宇宙飛行士が搭乗している。4人は、この宇宙船に「インテグリティ」(誠実さ、高潔さ)という愛称も付けている。

アルテミスIIは、4月2日(日本時間、以下同)に米国フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられたのち、3日には月へ向かう軌道に入った。この軌道は「自由帰還軌道」と呼ばれ、月周回軌道には入らず、月の重力で進路を曲げながら自然に地球へ戻れるのが特徴だ。

4人のクルーは、宇宙船の各種試験や将来のミッションに必要な実証、月フライバイ時の科学観測に向けた準備、さらにトイレの不具合への対応などに取り組みながら、徐々に月へ近づいていった。

  • オライオンの舷窓から見た月 (C)NASA

    オライオンの舷窓から見た月 (C)NASA

そして7日夜(米東部夏時間6日朝)、目を覚ました4人のクルーに向け、地上から特別なメッセージが再生された。これは、「アポロ8」と「アポロ13」に搭乗したジム・ラヴェル宇宙飛行士が、2025年に亡くなる前、このミッションのために録音していたものである。

「ようこそ、私の昔なじみの場所へ! フランク・ボーマン、ビル・アンダース、そして私がアポロ8で月を周回した時、人類史上初めて月を間近に見ることができました。その光景は世界中の人々に感動を与え、人々を一つに結びつけました」(ジム・ラヴェル宇宙飛行士のメッセージ)

「その灯火を、皆さんに引き継ぐことができて誇りに思います。皆さんが月を回り込み、火星探査ミッションに向けた礎を築くことは、すべての人々のためになります」(同)

「今日は歴史的な日です。皆さんがどれほど忙しくなるか、よくわかっています。それでも、景色を楽しむことを忘れないでください。リード、ヴィクター、クリスティーナ、ジェレミー、そして皆さんを支える素晴らしいチームの皆さん、地球にいる私たち全員から幸運と成功を祈っています」(同)

同日2時56分、4人が乗ったオライオンは、1970年に「アポロ13」が記録した地球からの最遠到達距離である約40万170kmを上回り、人類が地球から到達した最長距離の記録を更新した。

記録更新を受けて、ハンセン宇宙飛行士は船内から次のように述べた。

「人類が地球から到達した最遠距離の記録を塗り替えるにあたり、宇宙探査において先人たちが成し遂げた並外れた努力と偉業に敬意を表します。母なる地球が、私たちを大切なものすべてへと引き戻す前に、私たちはさらに宇宙への旅を続けていきます。しかし何よりも重要なのは、この記録が長く続くことのないよう、いまを生きる世代と次の世代に、挑戦を呼びかけることです」(ハンセン宇宙飛行士)

  • オライオンから見た地球の入り (C)NASA

    オライオンから見た地球の入り (C)NASA

月フライバイで見えたもの

今回のフライバイで大きな注目を集めたもののひとつが、月面、とくに月の裏側の科学観測だった。

アポロ計画でも、宇宙飛行士たちは月の裏側の一部を見ている。ただ、アポロ計画の有人月飛行の多くは、月の表側の着陸地点が朝の光を受ける時刻に合わせて行われたため、月の裏側の西側には、日光に照らされた状態では宇宙飛行士が見られなかった領域が残った。

さらに、アポロの月周回軌道は月面に比較的近い低い軌道が多く、見える範囲は地平線の近くまでに限られていた。そのため一部の地域は、探査機では調べられていても、人が肉眼で見たことはなかった。

今回のアルテミスIIでは、月フライバイ時に太陽、月、オライオンの位置関係がそろい、月の裏側の約2割が日光に照らされる条件になっていた。このため、月の表側と裏側の境界にある「オリエンタル盆地」(Orientale basin)やピエラッツォ・クレーター、オーム・クレーターなど、アポロの宇宙飛行士が肉眼では見られなかった地形を観察できる機会となった。

クルーは、オリエンタル盆地の周辺で観測した2つのクレーターについて、命名案も示した。盆地のすぐ北西にあるクレーターには、宇宙船の愛称にちなみ「インテグリティ」、そのすぐ北東で、近側と遠側の境界に位置し、地球から見えることもあるクレーターには、ワイズマン宇宙飛行士の亡き妻キャロル・テイラー・ワイズマン氏にちなんで「キャロル」という名前を提案した。これらの案はミッション終了後、国際天文学連合(IAU)へ提出される予定だ。

  • インテグリティ・クレーターとキャロル・クレーター (C)NASA

    インテグリティ・クレーターとキャロル・クレーター (C)NASA

7日7時41分には、地球が月の地平線の向こうに沈む「地球の入り(Earthset)」を観測した。

そして7時44分ごろ、オライオンは月の裏側に入り、地球との通信が一時的に途絶える区間に入った。8時ごろにオライオンは月へ最接近し、月面から約6,500km上空を通過した。さらにその約2分後には、地球から約40万6,770km離れた地点に到達し、アポロ13の記録を約6,616km上回る新記録を打ち立てた。

月の裏側を航行中も、クルーはクレーターや古代の溶岩流、表面の亀裂や隆起など、さまざまな地形の特徴を記録した。また、色や明るさ、質感の違いにも注目し、科学者が月面の構成や歴史を理解する手がかりになる観測を行った。

8時24分ごろ、オライオンが月の裏側から姿を現し、クルーは「地球の出」(Earthrise)を観測した。ほぼ同じころ、NASAの深宇宙ネットワークが宇宙船の信号をふたたび捉え、通信も復旧した。

月面観測の終盤には、宇宙船と月、太陽がほぼ一直線に並び、クルーは宇宙船から約1時間にわたる日食を観測した。暗くなった月の縁のまわりに広がる太陽コロナ(太陽の最外層の大気)も観察した。

また、日食の間は、月面の暗い部分でしか見られない現象を探す機会にもなった。クルーは、流星体が月面に衝突して生じたとみられる6回の閃光を確認した。

オライオンは月の裏側でUターンするように進路を変え、いまは地球への帰路をたどっている。8日2時25分ごろには、月から約6万6,100kmの地点で月の重力圏を離れる見込み。その後、11日9時7分にサンディエゴ沖へ着水し、地球に帰還する予定だ。

  • オライオンから観測された日食 (C)NASA

    オライオンから観測された日食 (C)NASA

参考文献

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