大阪大学(阪大)、東北大学、科学技術振興機構(JST)の3者は2月17日、磁性体ナノ薄膜からなる「磁気トンネル接合」(MTJ)素子をフレキシブル基材上に形成した「スピン力学センサ」において、実使用環境を想定した高い耐久性を初めて実証したと共同で発表した。

  • 10万回の連続引っ張り試験の模式図と測定結果

    10万回の連続引っ張り試験の模式図(上)と測定結果(下)。フレキシブル基材上に、電極を備えたマイクロメートルサイズのMTJ素子を形成してスピン力学センサ(右上)が作製された。自作の試験機を用いて、1%以上のひずみが連続して与えられた。下のグラフが示すとおり、10万回以上の試行後も無ひずみ時の抵抗値は一定であり、素子の劣化がないことが証明された。中段のグラフ群でも、繰り返し変形によるセンサ特性の変化は見られない。(出所:阪大 産研Webサイト)

同成果は、阪大 産業科学研究所の千葉大地教授(東北大 国際放射光イノベーション・スマート研究センター センター長兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する電子デバイスの関連分野全般を扱う学術誌「APL Electronic Devices」に掲載された。

高感度かつ高耐久性付与で実用化への壁を打破

現実世界における力学情報は、医療・ヘルスケア、インフラ監視、モビリティ、ロボティクスなど、多岐にわたる分野で極めて重要なセンシング対象だ。中でも「ひずみ」は重要な指標であり、その検出には長年、金属箔を用いた「フィルム型ひずみゲージ」が活用されてきた。しかし、近年のセンシング技術の高度化に伴い、従来品を凌駕する高感度な力学センサへの需要が急速に高まっている。

こうした背景から研究チームが開発を進めてきたのが、MTJ素子を用いたスピン力学センサである。これは、「トンネル磁気抵抗効果」と「磁気弾性効果」を利用するデバイスだ。MTJ素子は2層の磁性ナノ薄膜で、ナノメートル単位の薄い絶縁体薄膜(トンネル障壁)を挟んだ構造を持ち、磁化の状態によって電気抵抗が変化する特性を備えたスピントロニクスの基幹素子として知られる。

具体的にトンネル磁気抵抗効果とは、MTJ素子の2つの磁性層における磁化の相対角度に応じて電子のトンネル確率が変わり、電気抵抗が変化する現象を指す。一方の磁気弾性効果は、磁性体に外部からの磁場や機械的な力が加わることで、その形状や磁化状態(磁気異方性)が変化する現象だ。スピン力学センサは、これらを連動させることで物理的な変形を電気信号へと変換する仕組みとなっている。

研究チームはこれまでに、スピン力学センサが金属箔ゲージの500倍という極めて高い感度を実現できることを確認していた。しかし、繰り返し大きな変形が生じるフレキシブル基材上で、デバイスが長期間安定して動作するのかについては検証が不十分だった。高感度という強みを持つ一方で、実用化に向けては実使用環境に耐えうる耐久性の証明が大きな課題として残されていたのである。

そこで今回の研究では、数nmの厚みの薄膜の積層構造からなるMTJ素子を、フレキシブル基材上に直接形成したスピン力学センサを新たに作製。その力学応答および耐久性を体系的に評価したという。

開発されたセンサは、ひずみに応じて磁化方向が変わる「自由層」と、変化しない「固定層」を備えている点が特徴である。引っ張りひずみによって両層の磁化の相対角度が変化し、それに伴う電気抵抗変化を利用してひずみを高感度に検出することが可能だ。

また、磁性層に磁性体「コバルト-鉄-ホウ素合金」(Co-Fe-B)を、トンネル障壁に「酸化マグネシウム」(MgO)を採用した点も重要とのこと。この構成は、高いトンネル磁気抵抗比と優れた信頼性を有し、磁気メモリや磁気センサなどですでに量産実績があるMTJ素子であり、力学センシングという新領域においても、既存の製造・材料技術をそのまま転用できるため、製品化のコストや時間を大幅に抑制できる利点があるとした。

耐久試験では、実用上の想定を遙かに上回る1%以上の引っ張りひずみを、高速かつ繰り返し印可できる試験機が自作された。その結果、10万回を超える連続変形後も、ひずみ応答特性や初期抵抗値に顕著な劣化は見られなかったという。これにより、スピン力学センサが高感度を維持したまま、過酷な条件下で長期運用可能であることが明確に裏付けられた。

  • MTJを構成するナノ薄膜の積層構造の透過型電子顕微鏡像と元素分析結果

    MTJを構成するナノ薄膜の積層構造の透過型電子顕微鏡像(左)と、元素分析結果(右3つ)。Co-Fe-B/MgO/Co-Fe-BからなるMTJ層の下部に、Ta/Ru/Taの下地層が配置されている。元素分析では、基材と接する最下層のTa領域で強い酸素シグナルが検出され、層の酸化が示唆された。一方、その上のルテニウム(Ru)層が参加を遮断しており、素子の心臓部であるMTJ積層部分への影響は食い止められている。(出所:阪大 産研Webサイト)

さらに、磁気特性および電子顕微鏡による構造・元素解析により、MTJ積層構造の最下層であるタンタル(Ta)層の酸化が明らかにされた。これは、フレキシブル基材とタンタルの混ざりあいが起因している可能性が示されている。これらの構造的特徴が、基材と層構造の密着性を高め、結果としてゲージ全体のの耐久性向上に寄与している可能性が示唆された。今後、放射光計測などを通じたより詳細なメカニズムの解明が期待されるとしている。

今回の成果は、高感度・低消費電力・低電圧駆動といった優れた点を持つスピン力学センサに、実使用環境に耐え得る高い耐久性が加わった点に大きな意義があるとした。これにより、従来は研究段階にとどまりがちだった高感度力学センサの研究が、既製品の代替として実用化可能な段階に到達したことを示したとする。

今回開発されたセンサは、すでに確立されたMTJ技術を基盤とするため、社会実装や量産化へのハードルが極めて低い点も特徴であり、これを活かし現在はJST A-STEP産学共同(本格型)の枠組みにおいて、鷺宮製作所とスピン力学センサを用いた次世代圧力センサの量産化研究が進行中であるとした。

また今回の実証は、ひずみゲージの性能と信頼性の概念を大きく塗り替えるものだとする研究チームは、上述の圧力センサのみならず、医療・ヘルスケア、インフラ監視、モビリティ、ロボティクスなど、フィジカル空間の情報をサイバー空間へ高精度に接続する次世代センシング基盤として、幅広い分野への波及が期待されるとしている。