東京大学(東大)は1月28日、「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)の偏光の回転現象である「宇宙複屈折」の観測において、望遠鏡自体の誤差という観測を克服すべく、超大質量ブラックホール(SMBH)を駆動源とする「電波銀河」などの天体を用い、従来とは異なる手法で同現象を検証する新たな手法を開発したと発表した。

  • 宇宙最古の光であるCMBと後代に誕生した天体からの光が、宇宙複屈折によって回転する様子の概念図

    宇宙最古の光であるCMBと、後代に誕生した天体からの光が、宇宙複屈折によって回転する様子の概念図。(c)Naokawa, higgstan.com(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻/同・理学系研究科 附属ビッグバン宇宙国際研究センターの直川史寛大学院生によるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

宇宙誕生から約38万年が経過して温度が十分に低下し、電子が原子核に捉えられたことで光が直進可能になる「宇宙の晴れ上がり」イベントが発生した。その際に放たれた宇宙最古の光がCMBであり、138億年に及ぶ宇宙膨張により波長が引き伸ばされ、現在では電波領域のマイクロ波として全天から地球に降り注いでいる。CMBには、宇宙に関するさまざまな情報が刻まれており、その観測は現代宇宙論において不可欠な要素だ。

近年、このCMB観測で注目を集めているのが「偏光」の回転である。光は粒子であると同時に波でもあり、進行方向に対して垂直に振動するが、その方向がある程度揃っている状態を偏光と呼ぶ。この偏光角は通常は一定に保たれるが、近年の詳細なCMB観測により、138億年の旅路において約0.3度回転した可能性が浮上した。この回転現象は「宇宙複屈折」と称される。

わずか約0.3度の回転が重視されるのは、それがダークマターやダークエネルギーといった未知の物理要素を解明するための鍵となる可能性があるからだ。ダークマターは宇宙のエネルギー収支の26.8%を占め、重力を通じてのみ通常物質と相互作用する未知の物質とされる。一方、68.3%を占めるダークエネルギーは、宇宙の加速膨張を司ると考えられているが、その正体は依然として厚いベールに包まれている。つまり、人類は宇宙の構成要素の95%をいまだ理解できていないのである。

もしCMBの回転が宇宙複屈折に由来するならば、その背後には、ダークマターの正体となる粒子や、ダークエネルギーに関わる未知の素粒子が存在する可能性がある。この回転の起源がダークマターであれば初期宇宙で発生し、ダークエネルギーであれば比較的最近の宇宙で生じるため、両者の判別は可能だ。しかし現在の観測手法には、物理的な起源を特定する上で大きな壁が立ちはだかっている。

最大の問題は、観測装置である望遠鏡自体が引き起こす微小な回転、つまり装置固有の「くせ」が宇宙複屈折の信号と混同されてしまう点だ。約0.3度という回転角は、現在の望遠鏡における較正精度の限界付近であり、検出された信号が真の物理現象なのか、装置由来の誤差なのかを切り分けることが極めて困難であった。

また、仮に信号が真実だとしても、CMB観測のみでは回転が宇宙のどの時代に生じたかを特定できず、結局は宇宙複屈折の具体的な起源まではたどり着けない。そこで直川大学院生は今回、この問題を克服するため、宇宙誕生直後の光であるCMBではなく、より後の時代に形成された銀河などの天体から届く光を使うことを検討したという。

まず、装置固有の「くせ」については、まったく異なる手法により同様の現象を確認できれば、それが誤差ではないとする強力な証拠になる。また、初期宇宙以降に出現した天体の光でも回転が検出されれば、原因がダークエネルギーである可能性が強まる。

宇宙複屈折による回転がいつ、どの程度生じるかという時間発展の様相は、背後にある物理モデルの条件に依存し、その可能性は無限に存在する。しかし、今回の研究では膨大なパターンの計算を行った結果、ダークエネルギーが原因である場合、適切な条件下では時間発展は一意に定まることが見出された。これにより、観測される天体の信号について理論的な予言が可能になったとする。

  • 宇宙複屈折による回転角の時間発展を、比較的最近の宇宙について理論的に算出したグラフ

    宇宙複屈折による回転角の時間発展を、比較的最近の宇宙について理論的に算出したグラフ。ダークエネルギーが起源の場合、回転角の変化は赤線のように一意に定まることが判明した。一方、ダークマターが起源なら近傍宇宙では回転が生じず、信号はほぼゼロとなる(青線)。誤差棒付きの黒点は、将来の電波銀河観測による予測精度を示しており、ダークエネルギーとダークマターを明確に識別できる可能性が示唆されている。(F. Naokawa "Universal profile for cosmic birefringence tomography using radio galaxies " Phys. Rev. Lett.,2026/1/27 Copyright (2026) the American Physical Societyに掲載された図が一部改変されたもの)(出所:東大Webサイト)

天体観測による宇宙複屈折の検証は1990年代から試みられており、観測対象の候補天体もいくつか同定されている。直川大学院生は、SMBHを駆動源とし、電波領域で強く輝く「電波銀河」に着目。上述の理論的予言に基づく信号測定が可能かどうかをシミュレーションした結果、50万~100万個程度の電波銀河を観測すれば、有意な測定が期待できることを示したとした。

この観測規模は、日本を含む世界数十か国が共同プロジェクトとして参加する次世代電波望遠鏡(干渉計)計画として南半球で建設が進む「スクエア・キロメーター・アレイ」(SKA)などの性能で十分にカバーできる範囲だという。直川大学院生はすでに世界中の研究者と議論を開始しており、今後は実際の観測データを用いた検証にも取り組む予定としている。