「火星に最初のインフラを」。原子力の宇宙機活用も

そして注目すべきは「プロジェクト・オリンパス」と呼ばれる、火星探査計画への言及だ。

トランプ大統領は2025年1月20日の就任演説で、「火星に星条旗を掲げるため、米国の宇宙飛行士を送り込む」と発言した。プロジェクト・オリンパスはこれを踏まえ、「大統領の指示に基づき、産業界および国際パートナーと協力し、2026年の打ち上げウィンドウ(10月下旬~11月上旬)に無人火星ミッションを開始できるよう、プログラムを直ちに準備する」としている。

また、「将来の有人ミッションに必要な技術開発を加速するため、火星に最初のインフラを着陸させる。この取り組みは、月と火星の定期的な探査、さらにはサンプル・リターン・ミッションを可能にするために必要な技術領域全体で、イノベーション、投資、協力を促進する」とも述べている。

有人火星探査について、スペースXを率いるマスク氏は、かねてよりその実現を強く熱望してきた。そもそもスターシップは、有人火星飛行のために開発されている。この文書が作成された2025年5月ごろには、マスク氏が演説で、2026年に5機のスターシップを火星に送り込み、その後も数を増やして送り込み続ける構想を語っている。したがって、プロジェクト・オリンパスは事実上、スペースX主導のアーキテクチャーを前提にし、同社に大幅な裁量を委ねる形に近いものとなるだろう。

  • スペースXが構想する火星探査の想像図 (C)SpaceX

    スペースXが構想する火星探査の想像図 (C)SpaceX

これと関連して、プロジェクト・アシーナでは、原子力電気推進(NEP:Nuclear Electric Propulsion)の開発に力を入れる旨も記されている。アイザックマン氏はこれを「ミニ・マンハッタン計画」と呼び、かつてのマンハッタン計画になぞらえて、国家を挙げて取り組むべきと主張している。さらに、NEPは偵察衛星や弾道ミサイル防衛への応用など、国防にも役立つと強調している。

具体的には、まず、アイダホ国立研究所のVALKRE原子炉を使用し、100kWe以上の無人NEP実証機を開発開始から4年以内に飛行させるとしている。その後は数メガワット級のプログラムへと拡大し、有人宇宙船とのドッキングや、有人火星探査をサポートする宇宙機群の構築をめざす考えだ。

これに向けて、原子力発電や電力変換、そして深宇宙で効率的に輸送するための次世代スラスターの開発に力を入れ、地上試験能力の構築も含めた技術開発を迅速に進めるという。また、NASAの組織を再編するなどしてリソースを再配分し、SLSへの投資をNEPへとシフトさせるべきだとしている。

  • NASAが構想する原子力電気推進(NEP)宇宙船の想像図 (C)NASA

    NASAが構想する原子力電気推進(NEP)宇宙船の想像図 (C)NASA

“強いNASA”を取り戻す動き、ただし実現性は不透明

プロジェクト・アシーナが示すのは、アルテミスを軸にした米国の宇宙政策を、民間主導へと傾ける方向性だ。同時に、「ミニ・マンハッタン計画」という表現にも表れているように、宇宙開発を国家の重要課題として位置づける姿勢を示している。かつてソヴィエト連邦と有人月着陸をめぐって競っていたころの、強いNASAを取り戻そうとする意図も読み取れる。

前述のように、アイザックマン氏は一度NASA長官への指名が撤回され、プロジェクト・アシーナに示された内容がそのまま動き出す状況にはならなかった。しかし、今回正式にNASA長官となったことで、この文書で描かれている計画がいよいよ日の目を見ることになるかもしれない。

特に、半ばデスマーチに陥っているSLSとオライオンを早期に取りやめ、民間主導のアーキテクチャーに切り替えるという方針は、第2次トランプ政権の方針と合致しているうえに、合理的に聞こえる。中国との競争や脅威を強く訴える構図は、こうした方針の合理性を補強する材料としても機能している。

また、国家プロジェクトとしてNEPの開発に力を入れる構図は、SLSやオライオンを中止する際の“埋め合わせ”として機能し、大企業やその支持議員への配慮が見て取れる。

もっとも、大前提として、NASA長官の権限は小さい。政権としての方針や予算編成は大統領府が決め、最終的な予算は議会の予算措置によって決められる。したがって、アルテミス計画の大きな変更や、新たに大規模な計画を立ち上げることは、大統領と議会の承認なしには進められない。

プロジェクト・アシーナが示す方針は、第2次トランプ政権の方針とおおまかには一致しているものの、全面的に支持が得られるかどうかは不透明であり、議会からの強い反発も予想される。

また、アルテミスIV以降やプロジェクト・オリンパスといった取り組みは、その大部分をスペースXに依存することになる。しかし、現時点でスターシップの開発は遅れており、2026年に火星へ打ち上げる計画はもちろん、スターシップHLSによるアルテミスIIIの月面着陸が実現するかどうかも不透明だ。

こうした政治面と技術面の不確実性を踏まえると、アイザックマン氏の舵取りは容易ではないだろう。

一方、日本にとっては、プロジェクト・アシーナで書かれていることが実現しないほうが都合は良い。日本はゲートウェイ計画で生命維持・環境制御システムの開発や、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)による物資補給での貢献を見込むほか、アルテミス計画では月面探査車の開発・提供も計画している。有人月探査が継続することを念頭に新たな宇宙飛行士も採用した。しかし、アルテミス計画が大きく改められれば、こうした前提が揺らぎ、日本の宇宙計画にも大きな影響が及ぶ。

NASA新長官として、アイザックマン氏がどのような手腕を発揮するのかを見極める必要がある。

  • ゲートウェイの想像図。日本も重要な役割を果たす計画だ (C)NASA

    ゲートウェイの想像図。日本も重要な役割を果たす計画だ (C)NASA