第2次トランプ政権の発足後、正式な長官が長く不在だった米国航空宇宙局(NASA)で、ついに新長官が決まった。新たに就任したジャレッド・アイザックマン氏は、民間人として2回の宇宙飛行をした経験を持ち、イーロン・マスク氏との関係が深いことでも知られる。

はたしてアイザックマン氏は、NASAを、そして米国の宇宙開発をどこへ導こうとしているのか。その手がかりとなりうるのが、2025年5月に同氏がまとめた「プロジェクト・アシーナ」というNASAの改革案だ。

  • NASA新長官に就任したジャレッド・アイザックマン氏 (C)NASA/Bill Ingalls

    NASA新長官に就任したジャレッド・アイザックマン氏 (C)NASA/Bill Ingalls

アイザックマン新長官の横顔

ジャレッド・アイザックマン(Jared Isaacman)氏は、1983年生まれの現在42歳である。1999年、16歳のときに決済処理サービス企業を創業し、のちにShift4として成長させた。

さまざまなジェット機の飛行資格を持ち、2009年には軽ジェット機で世界一周飛行を達成して世界最速記録を樹立した。2021年には、自身で出資しコマンダーも務めた民間宇宙飛行ミッション「インスピレーション4」で宇宙へ行った。さらに2024年には「ポラリス・ドーン」ミッションで2回目の宇宙飛行に赴き、民間人として初の船外活動も成し遂げた。

両ミッションはいずれもスペースXのロケットと有人宇宙船で実施されており、同社を率いるイーロン・マスク氏との関係が深く、宇宙開発のヴィジョンや考え方についても志を同じくしているとされる。

第2次トランプ政権の発足を控えた2024年12月、トランプ氏はアイザックマン氏を次期NASA長官に指名した。しかし、2025年5月末に指名が撤回された。

その背景には、アイザックマン氏が民主党側に献金していたこと、またマスク氏と関係が深いことから、NASAと取引の大きい宇宙企業に近い立場の人物がNASAを率いるのは不適切、とする見方があったという。撤回がマスク氏のホワイトハウス離任と近い時期だったため、両者の確執や政権内事情との関連を指摘する報道もあった。

指名撤回後、NASAは長官代理体制のもとで運用が続いた。ところが、10月頃からアイザックマン氏の起用がふたたび取り沙汰されるようになった。長官不在が長期化するなかで、宇宙計画の遅れへの危機感、また宇宙分野に精通したアイザックマン氏の資質の再評価も重なり、ホワイトハウス内外で再起用論が具体化した。

そして11月4日に再指名され、12月17日に上院の承認を得たうえで、翌18日に就任した。

「プロジェクト・アシーナ」とはなにか

  • スペース・ローンチ・システム(SLS) (C)NASA

    スペース・ローンチ・システム(SLS) (C)NASA

アイザックマン氏は2025年の春、最初にNASA長官就任が取り沙汰されていた時期に、NASAの抜本的な改革案を「プロジェクト・アシーナ」(Project Athena)と題する文書にまとめた。この文書は当初、公の場に出ていなかったが、同年12月に入って全文が明るみに出た。

プロジェクト・アシーナは、NASAと米国の宇宙開発を立て直し、成長につなげるとして、「世界をリードする宇宙探査」、「宇宙経済の活性化」、「科学力の増強」という3つの目標を掲げている。

「世界をリードする宇宙探査」では、第一に「アルテミス」計画の見直しが挙げられている。

アルテミス計画は米国主導の国際有人月探査計画で、日本や欧州、カナダなどが参加している。アポロ計画以来となる有人月着陸に加え、月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」や月面基地の建設をめざしている。

当初は2023年に有人で月をフライバイする「アルテミスII」を実施し、2024年に「アルテミスIII」で月の南極へ宇宙飛行士を送り込む計画だった。しかし、実現に必要な巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS)や、有人宇宙船「オライオン」、さらにスペースXが開発している月着陸船「スターシップHLS」の開発は遅れている。

現在は2026年にアルテミスIIを実施し、アルテミスIIIは2027年以降とされている。また、そのあとに予定されている継続的な有人月探査についても、実現は不透明な状況にある。

  • スペースXが開発中の有人月着陸船「スターシップHLS」の想像図 (C)SpaceX

    スペースXが開発中の有人月着陸船「スターシップHLS」の想像図 (C)SpaceX

さらに、中国が2030年までに有人月着陸を行う計画を掲げていることを踏まえ、アイザックマン氏は宇宙を「究極の高地」(Ultimate High Ground)と位置づけ、アルテミス計画の遅れによって米国が地球・月周辺空間での主導権を失えば、地上の勢力均衡にも影響しうるとして、国家安全保障上の課題として強調している。

第2次トランプ政権の2026会計年度の予算要求では、高コストを理由に、アルテミスIIIを最後にSLSとオライオンを退役させ、以後は民間を活用する枠組みへ移行する方針が示された。あわせて、ゲートウェイ計画も終了させ、すでに製造済みのハードウェアの転用機会を検討するとした。

アイザックマン氏もこの方向性を踏まえつつ、前提としてアルテミス計画を加速し、米国が中国より先に宇宙飛行士を月へ送り込むことを重視している。

文書の中でアイザックマン氏は、「NASA内およびパートナー間でこれまで遅延の原因となってきた要因を徹底的に検証し、安全性に配慮しつつ、可能な限り早期の打ち上げを実現できるよう万全を期す。たとえ24時間体制で作業しなければならないとしても、アルテミスIIを現在の予定より早く発射台へ送り込み、打ち上げる。同時に、アルテミスIII以降の将来に向けた準備も開始する」と述べている。

同氏はまた、長期的にはより安価な民間主導の輸送システムへ移行し、リソースを深宇宙探査へ振り向けるべきだとする。そのうえで、アルテミスIV以降を念頭に、オライオンをブルー・オリジンの超大型ロケット「ニュー・グレン」で打ち上げる案や、スペースXが開発中の巨大ロケット「スターシップ」を活用する案などを検討対象として挙げている。

ゲートウェイについては、埋没費用(サンクコスト)を考慮しつつ、適切な時期にプログラムを終了させるとし、ハードウェアを商用の地球低軌道プラットフォームに転用する案、あるいは後述する原子力電気推進プログラムの開発をサポートするために再利用する案などを示している。

なお、政権の予算要求とは別に、米国議会はこの7月に成立した法案で、SLSやゲートウェイを含むアルテミス関連への追加資金を盛り込み、継続を後押しする動きも見せている。今後、SLSやゲートウェイを軸とする体制がどこまで維持されるのか、あるいはアイザックマン氏が商業システムへの移行を急ぐのかは、大きな焦点となる。

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