京都大学(京大)は12月16日、ラダー型のp型半導体特性を示す分子骨格「インダセノジチエノチオフェン」(IT)に着目し、メチル基1つだけでキラル環境が担保された最小のキラル側鎖を導入することで、通常とは逆の「アンチバラッハ型」の集合体が形成されることを見出し、新たな電子・光学材料としての可能性を示したと発表した。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大大学院 工学研究科のMeenal Kataria博士研究員(研究当時)、同・信岡正樹大学院生(研究当時)、同・筒井祐介助教、同・田中隆行准教授、同・Rajendra Prasad Paitandi博士研究員、同・武政雄大特定助教(研究当時)、同・崔旭鎮特定助教、同・関修平教授らの研究チームによるもの。詳細は、幅広い分野の凝集プロセスを扱う学術誌「Aggregate」に掲載された。

アンチバラッハ型のp型半導体材料を構築

光学活性な化合物には、右手と左手のように構造が鏡写しの関係にある「光学異性体(鏡像異性体)」が存在し、伝統的にアミノ酸や糖に限ってはL型(左)・D型(右)が使われるが、現在はより厳密なR体・S体によって区分される。光学異性体は単独での物理的性質はほぼ等しいが、他の光学活性化合物との相互作用において決定的な違いを見せる。

分子集合体において、片方の光学異性体のみで構成される場合と、両方が混在する「ラセミ体」とでは物性が変化する。一般にラセミ体の方が高密度となる「バラッハ則」が知られており、密度が高いほどキャリア(電子や正孔など)移動に有利なため、伝導性の点でもラセミ体が有利とされる。

一方、対称性が破れた光学異性体の集合体では、電流が流れる際に電子スピンが偏る「キラリティ誘起スピン選択性」の発現が期待され、スピンフィルターへの応用研究が進む。だがバラッハ則により、光学活性を持ちながら高伝導性を有するアンチバラッハ型材料の設計は難しいことが課題だった。そこで研究チームは今回、その実現に向けた設計指針確立のため、p型半導体特性を示す分子骨格であるITに着目したという。

実験ではITに対し、アミン試薬を用いて「シッフ塩基」形成を行い、集合体形成が分析された。試薬として、ラセミ体の「β-メチルフェニルエチルアミン」(MPEA)を用いた「RS-ITMPEA」(R体/S体比が1:1)、純粋なR体/S体を用いた「RR-ITMPEA/SS-ITMPEA」、メチル基のない「フェニルエチルアミン」を置換した「achiral-ITMPEA」、さらにRR-ITMPEAとSS-ITMPEAが50%ずつの「racemi-ITMPEA」(RS-ITMPEAは、RR-ITMPEAとSS-ITMPEAが25%ずつ含まれるので異なる)が用意され、系統的な解析が行われた。

線結晶構造解析の結果、固体中ではITMPEAの母骨格が3.1~3.3Å程度の距離で積層したパッキング構造が示された。パッキング様式に大差はないものの、分子の二次元積層平面に挟まれた空間にアルキル基部分が入り込んでおり、側鎖キラリティが集合体形成に大きく影響を与えうる構造だった。また、RS-ITMPEAよりもホモキラルなRR-(SS-)ITMPEAの結晶の方が密度が大きく、アンチバラッハ型の要件を満たす結晶と判明した。

  • 今回の研究で用いられた分子群とSS-ITMPEAのパッキング構造

    (a)今回の研究で用いられた分子群。(b)単結晶X線構造解析により明らかになったSS-ITMPEAのパッキング構造(出所:京大プレスリリースPDF)

さらに、溶液中やフィルム状態での特性に大差はなかったが、熱分析ではRR-(SS-)ITMPEAが他より約10℃高い融解温度を示し、より高密度な集合体を形成していることが示唆された。加えて、キラルなRR-(SS-)ITMPEAは、他の約2倍の伝導度があることが判明。その絶対値こそ大きくないものの、正孔輸送においてもアンチバラッハ型集合体が有利であることが実証された。

最後に、コンダクティブ原子間力顕微鏡(AFM)を用いたスピン偏極電流が測定された。金蒸着基板上のRR-(SS-)ITMPEA薄膜に対し、外部磁場により磁化したAFMチップを用い、電流値が繰り返し計測された。その結果、光学異性体に応じた一方向に増幅された電流応答が確認された。得られたスピン偏極率は、0~3Vの電圧印加領域で90%弱の高スピン偏極率を示したとする。

  • RR-ITMPEAとSS-ITMPEAのスピン偏極電流測定

    RR-ITMPEAとSS-ITMPEAのスピン偏極電流測定。(a・c)繰り返し測定を平均化した電圧-電流特性(赤線と青線は外部磁場の方向を示す)。(b・d)得られたデータに基づくスピン偏極率の印加電圧依存性(出所:京大プレスリリースPDF)

この結果は、メチル基1つという最小単位の光学異性体であっても、集合体形成によってキラル環境が増幅されることで、実用的なスピン偏極効果を発現し得ることを示しているとした。

今回の鍵は、コア分子に対する側鎖体積比を極限まで下げることで、アンチバラッハ型の積層構造を実現した点にある。これは、有機キラル集合体の設計に新指針を示すものだ。研究チームは今後、さらに大きなスピン偏極電流を示す材料の創出を目指すとしている。