東京大学(東大)は12月9日、月面探査用に開発してきた小型震源装置「PASS(Portable Active Seismic Source)」が、月面探査と有人活動の本格的拡大を目指す米国航空宇宙局(NASA)主導の国際共同ミッション「アルテミスIV」における弾性波探査機器として採用されたと発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の辻健教授、同・坂本和敏学術専門職員、宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所の田中智教授、フランス・パリ地球物理研究所(IPGP)の川村太一准教授らの国際共同研究チームによるもの。
月面地下資源の可視化に期待
アルテミスIVは、2024年1月のNASAの公式発表では2028年打ち上げとされ、9月以降の打ち上げといわれている。このミッションでは、宇宙飛行士が月面に降り立ち地質調査を実施する予定で、探査機器を展開し、サンプル採取も行うことが計画されている。着陸地点は、極めて低温のクレーターの永久影(角度的に陽光が差さない領域)内に氷があると期待される月面南極地域が目指されている。これは、月面で水を実際に発見できれば飲料水として利用できる可能性があるだけでなく、水電解で水素と酸素に分離することでロケット燃料などとして利用することも可能となるからだ。
そして、12月4日にアルテミスIVでの採用がNASAから公式発表されたのが、PASSと地震計をパッケージ化した地震観測・地下探査装置である「SPSS(South Pole Seismic Station:南極震源観測ステーション)」だ。なお、この公式発表内ではPASSは「Thumper」と表現されているが、これはアポロ計画の際に月面探査で使用された震源装置の名称がPASSの仮称として用いられている。
PASSは繰り返し信号を発信することで、弾性波探査に必要な信号を遠方まで伝達させることが可能となる。なお弾性波探査とは、地面に人工的な振動を与え、その伝わり方を観測することで地下の構造や物性を調べる技術のことだ。弾性波にはさまざまな種類があるが、アルテミスIVでは主に表面波探査を用いて浅部構造の可視を目指すとしており、より深部の情報を得るため、反射波や屈折波を利用した探査にも同時に挑戦し、月面地下のより包括的な理解も試みるという。
具体的には、PASSにより人工的な微振動を発生させ、その波動場を地震計で観測することで、着陸地点周辺の地下構造の高精度に可視化するとのこと。表面波探査を中心に実施し、地下約5mまでのS波速度構造(断面図)の構築を目指すとしている。これにより、以下の基盤データを得られるとして期待されている。
- 月面における水資源・鉱物資源の探査
- 将来の月面基地建設に向けた地盤評価
- 月内部構造の科学的理解の深化
PASSは、従来の地震探査機器では実現が難しかった小型、軽量、加えて高い操作性を備えている点が特徴。これまで、国内外の二酸化炭素貯留モニタリングや土木構造物調査、地下の空洞探査などにより実績を積んできたという。なお、今回のアルテミスIVへの採用にあたり、宇宙飛行士が月面で容易に取り扱えるよう最適化した宇宙仕様モデルが新たに開発された。その結果、真空環境・月面の極端な温度変化・レゴリスへの耐性を備えた設計が実現されたとする。
ちなみに、PASSは地震計とワンパッケージ化されたSPSSとして利用されるが、SPSSの開発はNASA ジェット推進研究所(JPL)のリードのもとに進められており、地震計はフランス国立宇宙研究センター(CNES)とIPGPが開発を担当している。
今のところ、アルテミス計画では具体的な計画はまだ流動的だが、アルテミスIV以降の2030年代も、恒久的な有人活動拠点の建設も含めた月面探査が続けられる予定だ。さらに、その先には、火星有人探査も計画されている。こうした宇宙探査の加速が見込まれることから、研究チームは今後、これらの探査に適した地震探査システムの開発を進めていくといい、地球で実施されているような地下構造の可視化や物性推定を、宇宙環境でも簡便に実施できる手法・機器の構築を目指していくとした。
さらに、宇宙飛行士が宇宙服を着用した状態でも手で扱えるPASSを開発したことで、地球上での利用もさらに容易になったという。実際、地表近くの空洞探査など、浅部地下構造の簡易探査にも応用されているとした。研究チーム今後、PASSが“誰でも簡単に地下を調べられるツール”として普及していくことが期待されるとしている。


