東北大学、光科学イノベーションセンター(PhoSIC)、日本医療研究開発機構(AMED)の3者は11月11日、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuのコアリションビームライン「BL09U」において、東北大が整備を主導した「タンパク質構造解析エンドステーション」(MX-ES)の運用を開始したことを共同で発表した。

  • MX-ESの計測システム

    MX-ESの計測システム(出所:東北大プレスリリースPDF)

スパコン「AOBA」も活用した高速プロセスを構築

生命は無数のタンパク質が精緻に連携することで営まれる。この機能性分子の原子レベルでの精密な立体構造情報は、創薬や機能制御に不可欠な要素だ。そのタンパク質の立体構造情報を取得する手法の1つが、「X線結晶構造解析」である。

X線結晶構造解析は、結晶構造に入射したX線が回折する性質を利用し、結晶の原子構造や分子構造を決定する手法だ。タンパク質の場合、まず精製したタンパク質溶液に結晶化試薬を混合し結晶を得る。次に、その結晶にX線を照射してX線回折データを取得、データを解析することでタンパク質の三次元電子密度図が得られる。これにより、タンパク質の原子モデルを構築することが可能となる。

X線結晶構造解析は、「クライオ電子顕微鏡単粒子解析」といった他の主要な構造解析手法と比べ、短時間でより高分解能の構造を決定できる点が優位点だ。だが、タンパク質の結晶は微小で繊細なため、サンプルからデータを引き出すには、高輝度で強力なX線ビームである放射光の利用が不可欠である。

特に、薬剤設計の「リード最適化期間」(臨床試験(治験)に進めるための最適な「開発候補化合物」選定までの段階)における大規模な化合物スクリーニングでは、試料準備、測定、構造解析という研究サイクルを、短期間に何度もまわす必要がある。そのため、研究を加速し、絶えず測定機会を提供するため、高度な全自動測定を備えた新たな実験ステーションの開発が強く望まれていた。

MX-ESは、研究者が全国どこからでも結晶サンプルを送付する「メールイン」方式で、ロボットアームと自動化システムがデータ収集までを連続的かつ無人で実施する。さらに、NanoTerasuの3GeV高輝度放射光を使用することで、微小な結晶からも高品質なデータを短時間で取得することが可能だ。この高精度と自動化の組み合わせにより、多種多様なタンパク質や薬剤複合体構造の高速スクリーニングと検証が実現する。これこそ、高度な全自動測定を備えた新たな実験ステーションだ。

  • MX-ESとAOBAの連携による「メールイン全自動測定」の概要

    MX-ESとAOBAの連携による「メールイン全自動測定」の概要(出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、MX-ESで取得された膨大な回折データは、地域連携の強みとして、直ちに東北大 サイバーサイエンスセンター運用のスーパーコンピュータ「AOBA」に送られ、自動処理される。研究者は処理結果(回折強度リスト)を即座にダウンロードし、研究室での構造確認に進むことが可能だ。物理インフラ(NanoTerasu)とデジタルインフラ(AOBA)の密な連携により、データ取得から最終的な原子レベルの立体構造決定までの時間差を最小限に抑制。これにより、フィードバックサイクルを飛躍的に短縮し、創薬研究での開発候補となるリード化合物の最適化プロセスを大幅に加速させる狙いだ。

NanoTerasuにMX-ESが加わることで、生体試料の分子レベルの観察が強化され、マルチスケール観察のラインナップが拡充される。NanoTerasuが持つ軽元素の可視化能力と高精度な構造決定能力の連携は、生命科学研究の新たな展開を強力に推進し、コアリションユーザーをはじめとした産学官の研究者に対するNanoTerasuの優位性、有用性を飛躍的に向上させるものとした。そして、このことは、単なる測定ラインの追加に留まらない戦略的な価値を生み出し、日本の創薬を始めとしたライフサイエンス分野の競争力を確固たるものにする可能性を秘めるとする。

なお、MX-ESにおける完全自動測定システムによるタンパク質結晶構造解析は、AMEDの創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム「BINDS」の対象に加わることにより、国内のライフサイエンス・創薬研究へのさらなる寄与も期待されるとした。

MX-ESの整備・運用主体である東北大には、すでに学外にも共有されているクライオ電子顕微鏡をはじめとした多岐にわたる研究インフラを保有する。今回の取り組みがこれらと連携することで、単一事象を複数の手法で観測する多角的な構造生物学研究が加速されるという。特に、東北大学創薬戦略推進機構が進めるアカデミア創薬に対し、タンパク質結晶構造解析という新たなツールが加わることで、その発展に大きく貢献することが期待されるとしている。