米トランプ大統領は9月19日(米国時間)、外国人従業員のH-1Bビザ(大卒以上の科学者、技術者、プログラマなどの高度専門技能を有する外国人労働者を米国企業のスポンサーシップにより米国で就労可能にする査証)取得者を雇用しようとする者(実際は雇用企業が支払い)に毎年10万ドル(約1500万円)のビザ手数料支払いを義務付けると発表した。従来の手数料は1000ドル程度(ビザ抽選登録料215ドル+雇用者が提出する非移民労働者請願書申請料780ドル)だったので100倍ほど値上げされることになる。新たな手数料の徴収は、9月20日午前0時1分(米国時間、日本時間は同日午後1時1分)に発効した。

ラトニック商務長官はこの大統領令について、新規ビザ取得者だけではなく更新希望者に対しても手数料は(年会費のように)毎年徴収ことになると説明したが、キャロライン・レビット報道官が新政策が発効の数時間前に「これは年会費ではなく、一度限りの支払いであり、新規ビザ申請にのみ適用される。更新や現在ビザ保有者には適用されない」と修正を行った。

トランプ大統領は、外国から押し掛ける非移民労働者が米国人労働者の雇用機会を奪っているとして就労ビザの制限を進めており、H-1Bビザも発行手数料を釣り上げて申請数を抑えようとしている。大統領令によると、米国では入手できない高度なスキルを持つ労働者を獲得するためのH-1Bビザが、比較的低賃金の外国人労働者雇用に悪用されており、高度技術保有者向けビザプログラムの健全性を損ない、特にそのような低賃金のH-1B労働者が集中している業界において、米国人労働者の賃金と就労機会に悪影響を及ぼしているという。一部の米国企業のH-1Bプログラムの濫用は国家安全保障上の脅威でもあり、国内法執行機関は、ビザ詐欺、マネーロンダリングの共謀、暴力団対策法に基づく共謀、その他外国人労働者の米国入国を促す違法行為に関与したとして、米国政府はH-1Bビザに依存しているアウトソーシング企業を特定し、捜査を行っているという。また、特定の外国人に対しては米国入国を拒否するという。

9月23日になって、米国土安全保障省(DHS)が、H-1Bの抽選方法を変更する改正案を公表した。外国人を雇用する企業から提示された賃金の水準に応じて当選確率を変え、(一般の米国人技術者よりもはるかに)給与が高くスキルの高い高度専門技術者ほど有利な仕組みにするという。

米テック企業に打撃の可能性

今回のH-1Bビザ申請手数料の値上げは、インドと中国からの熟練労働者に大きく依存している米国テック業界に大きな打撃を与える可能性がある。Amazonは2024年に付与されたH-1Bビザで全企業中トップとなり、今年も1万件以上のH-1Bビザを付与されている。Microsoftも5000件付与されているほか、Apple、Google、Intel、Micron Technologyなど多くのテック企業に多数のH-1Bビザ取得者が在籍、経営陣にも海外出身者が多い。これらの企業は、H-1Bビザ所有の社員は、一旦出国すると入国を拒否される恐れがあるため、流動的な事態が落ち着くまで海外渡航を控えるよう指導しているという。

インドと中国に打撃もカナダには有利に、日本の反応は?

H-1Bビザは、年8万5000件という制限があるが、インド人の申請が全体の71%を占め、次いで中国人が12%を占める状況にあるという。このため、今回の方針転換で最も大きな影響を受けるのはインド、次いで中国ということとなる。H-1Bの制度は、過去数十年にわたりインド人や中国人に「アメリカンドリーム」をもたらし、アメリカの産業にとって不可欠な人材を供給してきた。今回の新たな政策でその流れが断ち切られる可能性が高い。米国の大学を卒業して米国企業に入社しようとしている外国人も学生ビザ(F-1)からH-1Bビザに切り替える必要があるが、10万ドルの手数料が足かせになる可能性が高い。一方で、カナダは世界中の高度人材を呼び込む好機だと捉えているようである。

H-1Bビザを所有するインド人は28万人、中国人は4万5000人ほどだが、日本は米国で一旗揚げようという若者が少なく、国別では13位の1333人ほとしかいないこともあり日本国内ではあまり話題になっていない。

H-1Bビザの影響を受けないTSMCの米国従業員

台湾や韓国についてはどうか。今回の変更によって、TSMCの米国従業員にも影響が生じる可能性を懸念する声が一部であるが、TSMCの米国従業員のほとんどはH-1BビザではなくE-2就労ビザを保有しており、影響を受けていないと台湾メディアは伝えている。

E-2ビザは、「条約投資家ビザ」として知られ、米国と通商航海条約を締結している約80カ国の国籍を持つ人が申請でき、台湾、日本、オーストラリア、韓国も含まれる。E-2ビザは5年ごとの更新で無期限に更新可能であるが、申請者は移民の意思を示したり、雇用主を自由に変更したりすることはできず、投資活動終了後に帰国することが義務付けられている。さらに、ビザは企業に紐づけられているため、給与や雇用条件は現地の労働法の適用を受けない。

韓国はといと、米国ジョージア州で韓国企業の米国工場(LGエナジーソリューションのリチウムイオンバッテリー合弁工場など)の建設現場で韓国人300人余りが移民・関税執行局(ICE)に集団拘束され、韓国に強制送還されたばかりである。

今後、Samsung ElectronicsやSK hynixの米国工場建設にも影響しかねない事態に直面している韓国政府は、米国のビザ制度改善に向けた協議を米国政府と開始しており、短期商用ビザ(B-1)の拡大や、韓国専門人材向けの別枠ビザ(E-4)新設を米国と協議しているところであった。しかし、今回の巨額手数料導入で協議は難航することが予想されると言われている。

ただし韓国企業は 日本同様、米現地法人(子会社)で主に駐在員ビザ(L1・E2)を利用しているため、H-1Bビザの直接的影響は限定的とみられる。韓国人のH-1B所有者は3000人余りしかおらず、今回のビザ支給手数料の大幅値上げを受けて むしろ海外に流出していた一匹狼的な高度人材の韓国内への囲い込みにつながる可能性があるとの見方も出ている。

100万ドルを払えば米国永住権を支給

トランプ大統領は、H-1Bビザだけではなく、すべてのビザの申請手数料を値上げするとともに、日本はじめビザ免除プログラムに参加している国々を対象にしたビザ免除電子認証(ESTA)申請料を2025年9月30日より従来の21ドルから40ドルに増額する。その一方で100万ドル(約1億5000万円)の支払いと引き換えに米国永住権が得られる「トランプゴールドカード」制度も発表し、あらゆる手段で米国政府の歳入を増やすことに躍起になっている。