京都大学(京大)は8月27日、国際宇宙ステーション(ISS)で半年間にわたり凍結保存したマウスの精子幹細胞から、健康な子孫の作出に初めて成功したと発表した。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大 医学研究科の篠原美都助教、同・篠原隆司教授らの研究チームによるもの。詳細は、幹細胞を扱う学術誌「Stem Cell Reports」に掲載された。

放射線、微小重力、過重力、概日リズムの乱れといった宇宙環境ストレスは、精子形成の異常など、生物の幹細胞や生殖細胞に悪影響を及ぼすことが、動物実験によりわかっている。しかし、その背景にあるメカニズムは未解明な点が多い。

近年の研究から、卵細胞への顕微授精(ICSI)は、生まれた産仔のゲノムインプリンティングに影響を及ぼし、孫世代でも行動異常や奇形を引き起こす可能性が指摘されている。そのほかにも宇宙環境による悪影響が報告されているため、人工生殖技術は宇宙での生殖細胞保存において応用に限界があり、宇宙における生殖保護に懸念が残る状況となっている。

一方で2017年の研究では、凍結乾燥保存されたマウスの精子がISSに輸送され、288日間にわたり宇宙放射線に曝露された。この凍結乾燥精子から子孫を得ることに成功し、その受精率や出生率に有意な変化がないことが報告されている。

精子形成は、自己複製を繰り返しながら多数の精子を生み出す「精原幹細胞」から始まる。そこで今回の研究では、自己複製を促進する重要因子を添加し、精原幹細胞を長期間増殖させた培養細胞「GS細胞」が使用された。GS細胞は、刺激により自己複製を促進して数を増やせるだけでなく、2年以上維持することができ、凍結保存も容易だ。これは、精子とは異なり、GS細胞は遺伝的多様性を生み出せる新たなリソースであることを意味する。

さらに、凍結されたGS細胞はDNA修復機構が働かないため、細胞に生じる潜在的な損傷を検出するのに感度の高い実験系となる。そこで今回は、宇宙環境での長期凍結保存を調べるため、ISS上で6か月間凍結保存されたGS細胞を用いた研究を行ったという。

まず、地球に帰還したGS細胞を解凍し、DNA損傷および遺伝子発現のプロファイルが解析された。GS細胞は、宇宙環境による相当な損傷が事前に予想されたものの、対照群である地上保管のGS細胞と大差なく生存し、増殖することが確認された。また、一般的に生殖細胞は放射線照射に弱いが、凍結GS細胞は比較的抵抗性があることも明らかにされた。遺伝子発現解析やDNAメチル化の異常についても検討されたが、特に大きな変化はなかった。

続いて、無精子症マウスの精巣へのGS細胞移植により、その生殖幹細胞としての機能が評価された。8匹のマウスに移植した結果、そのうちの3匹から産仔が誕生し、この成功率は地上保管のGS細胞と同等だった。次に、生まれた仔のDNAを解析した結果、特に異常なDNAメチル化は確認されず、正常なゲノムインプリンティングパターンが示された。肝臓の遺伝子発現も検討されたが、これも自然交配で得られたマウスと大差はない結果だったという。

これらの結果から、ISSで凍結保存されたGS細胞による妊孕性の回復に初めて成功したと判断された。これまで、凍結乾燥精子を用いた保存法は報告されているが、今回の成果により、宇宙環境での新たな生殖細胞の保存が可能となったとする。

ただし、宇宙で保存した凍結GS由来の子孫の寿命やそのほかの影響については、さらなる評価が必要とのこと。実際に過去の研究では、宇宙飛行後の精子を用いたICSIにより得られたマウスに短命が観察されており、研究チームは、凍結GS由来の子孫に対しても長期的なモニタリングが必要だと考えているとした。

次の目標としてはまず、ISSでGS細胞をどの程度保存できるのかを確認することが挙げられるとする。凍結状態ではDNA修復が行われないため、宇宙放射線によるダメージが時間と共に蓄積していく可能性がある。実際、宇宙で保存したGS細胞では、「Trp53」などの細胞ダメージを示す遺伝子の発現量が上昇傾向にあった。2030年代のアルテミス計画では、月面に恒久的な有人活動拠点を建設するなど、長期の宇宙滞在が計画されているが、それらを安全に行うためにもこのようなデータは必須となる。

2つ目の目標は、宇宙放射線によるゲノム損傷が、子孫にどのような影響を与えるのかを明らかにすることだ。生まれた子が健康に見えても、DNA損傷が完全に修復されたのかは不明なため、世代時間が短いマウスを用いて定量的に評価していく必要がある。

このように宇宙環境が生殖細胞に与える影響は、長期的な人類の宇宙滞在における重大な課題だ。今後は、GS細胞をISS上で培養し、宇宙放射線の影響やDNA修復機構をライブで追跡することで、さらに深い知見が得られることが期待されるとしている。