理化学研究所(理研)は6月10日、超伝導量子ビットの従来記録の半分の時間で、そして半分ほどの低い誤り率の同時多重読み出しを実現したと発表した。
同成果は、理研 量子コンピュータ研究センター 超伝導量子エレクトロニクス研究チームのピーター・スプリング特別研究員、同 ルカ・ミラノビッチ実習生(研究当時)、同・玉手修平研究員、同 中村泰信チームディレクター、東京大学大学院 工学系研究科のアルヤン・ファン・ルー特別研究員(研究当時)、フィンランド・アールト大学の砂田佳希特別研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する量子情報科学と技術を扱う学術誌「Physical Review X Quantum」に掲載された。
現在の量子コンピュータは、ノイズに非常に弱く、実用レベルとなる数百万量子ビット規模の実現には、正確な結果を導く誤り訂正機構(QEC)が不可欠である。QECの実装には、量子ビットのゲート(演算)操作と状態読み出しの双方に誤り率の低減が求められる。中でも、状態読み出しはゲート操作と比べて誤り率が高く、QECにおける大きなボトルネックとなっていた。読み出しの誤り率の高さは、主に読み出しの実行速度の遅さに起因しており、いかに高速かつ低誤り率の読み出しを実現するかが課題となっている。
量子コンピュータ実用化へ新手法での量子状態読み出しを実行
量子コンピュータの基礎となる量子ビットの実現には多彩な方式があるが、近年では超伝導方式の性能が急速に向上している。超伝導量子ビットの状態読み出しには、一般的に「分散読み出し」手法が用いられる。この手法は、量子ビットと読み出し共振器の結合により、量子ビットの状態に応じて読み出し共振器の共振周波数が変化する現象を利用する。量子ビットの状態変化が共振器の応答に影響するため、読み出し共振器からの反射マイクロ波を測定することで、量子ビットの状態を間接的に把握することが可能だ。
分散読み出しの高速化には、量子ビットと読み出し共振器間、および読み出し共振器と読み出し配線の結合を強化する必要がある。しかしその強化は、「パーセル効果」により量子ビットのエネルギー緩和時間を短縮し、高速化したにもかかわらず読み出し誤り率の増加につながってしまうという問題があった。
これまで、量子ビットの量子コヒーレンス(量子ビットが量子的な重ね合わせを維持するために必要な位相情報)を保ちつつ高速読み出しを行うため、パーセル効果抑制を目的とした共振器「パーセルフィルタ」が広く用いられてきた。これは、パーセルフィルタをバンドパスフィルタ(特定の周波数帯域だけを通過させるフィルタ)として用い、読み出し共振器以外の周波数のマイクロ波と読み出し配線の結合を抑制する手法である。しかし、さらなる高速読み出しには、読み出し配線の結合を従来以上に強める必要があり、単純なバンドパスフィルタだけでは量子ビットのエネルギー緩和を十分に抑制できなかった。
そこで研究チームは今回、特定の狭い周波数帯域を遮断し、帯域外の周波数のマイクロ波を透過させる「ノッチフィルタ」に着目。これを「内在型パーセルフィルタ」として読み出し回路に用いることで、量子ビットの量子コヒーレンスを保護しつつ、量子状態の高速・低誤り率読み出しを試みたという。
まずパーセルフィルタにおいて、読み出し共振器とフィルタ共振器間の電気的結合を電気磁気的結合へ変更。これにより、量子ビット周波数におけるエネルギー緩和を抑制するノッチフィルタ機能を結合回路に組み込めるようになった。また、各共振器の伝送線路を平行かつ近接配置とし、回路面積の増大なく結合回路が実現された。
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(a)従来のキャパシタを用いた共振器間の電気的結合の模式図。(b)今回のノッチフィルタを用いた、電気磁気的結合の模式図。(c)量子ビットから外部の読み出し配線への透過特性。近接伝送線路により、量子ビット周波数付近のマイクロ波を遮断するノッチフィルタが実現される(出所:理研Webサイト)
次に、16個の超伝導量子ビットで構成される集積回路チップ上に、4量子ビットごとの周波数多重読み出し回路を実装し、その中にノッチフィルタが搭載された。このチップでは高速読み出しのため、量子ビットと読み出し回路、そして読み出し回路と読み出し配線の結合が、それぞれ一般的な超伝導読み出し回路より大幅に強化された。それでもなお、ノッチフィルタ機能により量子ビットのエネルギー緩和が十分に抑制されることが実証された。
続いて、このデバイスの1つの読み出しポートを通して4量子ビットの周波数多重読み出しが実施された。その結果、読み出し時間はわずか56ナノ秒で、平均誤り率0.23%、最低誤り率0.09%という世界最高レベルの読み出し精度が達成された。これは、従来の最高精度の読み出しに対し、最低誤り率を半分以下に、読み出し時間を約半分に改善したものだとする。
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(a)4量子ビットの多重読み出し回路にノッチフィルタ回路が搭載された模式図。(b)近接伝送線路による結合回路の模式図。読み出し共振器(赤)とフィルタ共振器(青)が、近接配置された伝送線路領域(紫)で電気磁気的に結合される。(c)読み出し配線への接続の模式図。4つの読み出し共振器からの信号は、中央のシリコン貫通ビアを介してチップ裏面の読み出し配線用プローブピンに接続(出所:理研Webサイト)
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4つの量子ビット(Q1~Q4)の周波数多重読み出し結果。青丸と赤丸は、量子ビットを基底状態と励起状態を読み出した際の信号のヒストグラムを示す。黒破線のガウス分布状の広がり(雑音)と比較し、各状態に対する読み出し信号の中心位置は十分に離れ、全量子ビットで高い信号対雑音比の読み出しが実行できている。信号が負の領域の赤丸、正の領域の青丸が読み出しの誤りを示し、その数は非常に少なく、低誤り率の測定が実現されている(出所:理研Webサイト)
今回達成された0.1%未満の量子ビット状態読み出し誤り率は、従来法に比べQECのためのしきい値を大きく下回ることから、研究チームはこの成果について、超伝導量子ビットのさらなる集積化やQECの高効率化に貢献することが期待されるとしている。