ファインディはこのほど、開発部門長およびVPoE(Vice President of Engineering)に限定した招待制イベント「VPoE Summit 2025 Spring」を開催した。 冒頭、執行役員の西澤恭介氏は、イベントを開催した趣旨について、次のように説明した。
「われわれは世界のエンジニアの知見と日本の実践を結び付けたいと考えており、新たなビジョンとして『チームに開発革命を』掲げています。それは、AIが標準装備になり、開発現場の行動が変わってきているからです。そのため、新しい生産性を可視化・最適化することが求められており、それを実現するツールとしてFindy Team+を提供しています。そして、マネジメントの役割も変わる。われわれは開発革命を起こしたいと考えています。組織のリーダーとの対話を通じて、共に歩んでいく――これが願いです」
Keynoteでは、Camille Fournier氏が『スタートアップから米国金融大手まで、スケーラブルな組織と文化をどう設計してきたか』というタイトルの下、講演を行った。
Fournier氏は、日本でも多くの人に読まれている『エンジニアのためのマネジメントキャリアパス』(原書『The Manager's Path』)の著者。同氏はゴールドマン・サックス(VP, Technical Specialist)、Rent the Runway(CTO)、Two Sigma(Head of Platform Engineering)、JPモルガン(Global Head of Engineering)と、グローバル企業でエンジニアリング組織のリーダーを歴任しており、さまざまな組織でマネジメントの経験を積んできた。
そんなFournier氏に、AI時代におけるエンジニアのマネジメントについてうかがった。
組織の変革はスピードの改善から始めよ
Fournier氏は、Keynoteにおいて、「組織の変革の柱はスピード、レジリエンス、アラインメント。これらのうち、スピードから始めるとよい」と語っていた。ただし、スピードの改善において、ブリリアントジャークがネックになるという。ブリリアントジャークを日本語に訳すと、「仕事はできるけど嫌なヤツ」となる。
どの組織にも、高い能力を持ちパフォーマンスもよいのだけれど、協調性に欠けるなど、組織の雰囲気を乱す人はいるだろう。仕事ができなければ周囲の人も注意しやすいが、優秀な人を指導することは難しい。
Fournier氏は部下が次から次へと辞める状況に直面した際、残った部下にインタビューしたところ、問題は2名のエンジニアにあることがわかったそうだ。いずれも優秀で、コアな役割を担っていた。
そこで、Fournier氏は彼らにコーチングを行った。一人はマネージャーになりたかったけどなれなかったのでマネージャーに当たっていたことから、新たな部署を提案したそうだ。もう一人は他のメンバーに細かな指摘を行い問題を起こしていたことから、行動の境界を設けて「チームにいる必要はない」と話したという。別な部署からヘルプする形で現在の仕事に取り組めることから、新たな役割を与えたそうだ。
つまり、Fournier氏はブリリアントジャークの二人に新しい道筋をつけたというわけだ。その結果、「痛手はありましたが、重箱の隅を突くことがなくなったので、生産性が上がりました」と同氏は語っていた。
ブリリアントジャークにどう新たな道を導くか
とはいえ、ブリリアントジャークに新たな道を導くことは簡単ではないだろう。古くからいる優秀な人材がいなくなったら、組織が立ちいかなくなるかもしれない。Fournier氏にそのコツを聞いてみた。
まず、組織のメンバーに面接を行う際、「チームはどう?」「何がうまくいっている」「うまくいっていない?」といった形で質問を繰り出し、その人の立ち位置を理解することがポイントだという。すべての人が働きづらいと指摘した内容があれば、そこがポイントとなる。
Fournier氏は、「ブリリアントジャークは才能がある人。前向きに歩んでもらうために、すべての人にチャンスを与えます。不満から脱却してもらうために、自分が一番ではない、がんばらないといけない環境に投じるのがいいでしょう」と語っていた。
なお、米国では会社をいろいろな観点から見て、新しい経験をしてもらうために、全社的に社員を動かすというカルチャーがあるそうだ。それもあって、別な組織への異動の提案も抵抗なく受け入れてもらえるのかもしれない。
優秀だけど周囲によくない影響を与える人を動かす――組織のマネジメントを改善するには、時には思い切った策が必要なようだ。
ハイブリッドワークのマネジメントで大切なこととは
AmazonやGoogleなど、巨大IT企業が週5日の出社を義務付けるなど、リモートワークを廃止する機運が高まりつつある。とはいえ、ハイブリッドワークにおけるマネジメントに苦労しているマネージャーは多いだろう。
Fournier氏にハイブリッドワークのマネジメントについて聞いてみたところ、「私も苦労しました」と語った。コロナ禍でリモートワークを行うことになったが、世界中の拠点を回って対面で話をしたという。「話をできることがマネジメントの安定化につながります」と同氏。
その経験を踏まえ、Fournier氏は「リモートワークを効果的に行うには対面のコミュニケーションが必要です」と話す。それには、対面のメリットを理解してもらうことが必要だという。
そして、Fournier氏は「リモートワークに比べて、対面はコミュニケーションできる量が圧倒的に多いです」と指摘する。
「コードを書きたい人にとっては邪魔かもしれませんが、会話ができることが重要です。文書にするとフォーマルになり、メールだって邪魔といえます。スケジューリングしなくていい、ちょっとした会話が大切です。ハイブリッドに価値を置いていますが、会社としてカジュアルに話ができる機会を犠牲にするべきではありません」
会話を作り出すため、Fournier氏はランチやコーヒータイムなどちょっとした時間を有効活用しているそうだ。
エンジニアはAIとどう付き合うべきか
最後に、AIがエンジニアにもたらすメリット、デメリットについて聞いてみた。Fournier氏はKeynoteで、「AIを導入したことで、システムの安定性が低下したというDORAの調査結果を紹介した。開発者向けのAIアシスタントがコーディングを行ってくれるので生産性が上がったという話を各所で聞いていたので、正直なところ意外に感じた。
Fournier氏は、AIが開発の現場にもたらしている弊害について、次のように説明した。
「開発にAIの採用が増えたことでコードが増え、その結果、デリバリーのスピードが落ちました。また、コードが増えたことでテストが十分に行われないというケースも見られますし、AIが書いたコードに問題が発生したとき、エンジニアは自分がつくったコードではないので、どう対応してよいのかわからないのです」
つまり、エンジニアをマネジメントする際は、こうしたことも踏まえて行う必要があるというわけだ。
とはいえ、Fournier氏は「AIの将来はわからないことが多いです。安定性もそうですが、AIが作ったコードが進化できるのかも未知です」と、AIとエンジニアが共生する将来について「今はいい答えが浮かばない」と話す。
なお、これからエンジニアにとって必要になる能力は、自分でコードを書かなくなるので、AIが書いたコードを理解できることだという。「AIの進化によってまったく違う世界になるでしょう。そうした世界で生きていくには、AIを使ってソフトを生成することを理解する。さらに、エンジニアは何をすべきかを俯瞰できる能力が必要になります」とFournier氏。
AIが開発の現場からなくなることはもはや考えられない。となると、AIとどう付き合っていくかを見極めることが重要となる。遅れることなくAIの進化についていくことが、エンジニアのキャリアアップのカギとなりそうだ。