
日本の伝統的な大組織が陥りやすい失敗の真因を掘り下げた基本教科書
我が国が世界に誇る経営学の巨人、野中郁次郎先生が逝去された。比較的最近までお会いする機会を頂き、今年も私が関係する研究会で先生のお話を聞く機会を予定していたところに突然の訃報。まさに巨星堕つ。私たちは大きな宝物を失った。
野中先生の薫陶を受けた経営者、経営学者は極めて広範かつ数多い。野中先生はとにかく好奇心の塊で、特に人間好き。なかでもちょっととがった生意気な若者がお好きだった印象がある。おそらく私もそんな若者の一人だったのではないか。今、生産性本部などで野中先生の仕事を継承する仕事を担っていることは、経営の世界に生きる者として我が誇りとするところである。
そして今回の一冊は、先生が中心となって編まれた古典的名作『失敗の本質』。日本の伝統的な大組織が陥りやすい失敗の真因を掘り下げた極めて真摯な研究書であり、私のような企業再生の専門家にとっては基本教科書とも言うべき本である。
企業再生は人間に例えて言えば重篤な病気の治療行為であり、そこでは何より病理の本質を見極めることが肝要となる。それを理解せずに対症療法的な対応をしても病は必ず再発する。病理の本質は時に当該組織の遺伝子ともいうべき深層にあるから実に厄介だ。
野中先生を世界に知らしめたのは「知識経営」に関するフレームワーク提示だが、そこで日本企業が得意とする暗黙知の高度化を可能にしている組織特性は日本的組織の失敗のメカニズムと背中合わせ、紙一重でもある。同質性が高く秩序を重んじる組織における上意下達の同調圧力、空気の支配、現状肯定バイアス、情緒の合理に対する優位性などなど、昨今の大手メディアでのスキャンダルを含め現代でも繰り返される「失敗の本質」そのものだ。
企業であれ、国であれ、我が国において組織経営に関わるあらゆる人間にとって、本書に『空気の研究』(山本七平著)、『昭和16年の敗戦』(猪瀬直樹著)を加えた3書は必携、必読の書である。