米宇宙企業スペースXは2025年3月6日、「スターシップ」の8回目の飛行試験を実施した。ブースターの「スーパー・ヘヴィ」は発射塔による回収に成功し、再使用技術の発展を実証した一方で、上段の「スターシップ」宇宙船は前回に続き、飛行中に空中分解し、失敗に終わった。この試験は、スターシップの改良と完成に向けた重要なマイルストーンだったが、宇宙船の連続失敗は今後の課題を浮き彫りにした。

  • スターシップ8回目の飛行試験の打ち上げの様子
    (C)SpaceX

試験の概要と飛行の顛末

スターシップは、スペースXが開発中の宇宙輸送システムで、衛星の打ち上げや有人月探査、人類の火星移住の実現をめざしている。

ブースターの「スーパー・ヘヴィ」と宇宙船「スターシップ」から構成され、完全な再使用を可能とし、打ち上げの低コスト化と高頻度化を図っている。また、完成時には100tを超える打ち上げ能力をめざしており、規格外のペイロードを打ち上げることが可能となる。

今回の8回目の飛行試験(フライト8)では、従来型のスーパー・ヘヴィ「ブースター15」と、改良型の「ブロック2」仕様のスターシップ宇宙船「シップ34」が使用された。ブロック2は、従来の機体と比べて全長が伸び、推進薬の搭載量を増やし、打ち上げ能力を向上させたほか、フラップ(制御翼)や耐熱システムも改良され、大気圏への再突入時の耐久性も向上している。

今回の試験の目標は、1月に実施した7回目の飛行試験(フライト7)の結果を踏まえた改良の検証と、未達成に終わった試験項目の達成だった。7回目の飛行試験で使われた宇宙船(シップ33)は、ブロック2仕様の初飛行だったが、飛行中に推進薬の配管が共振によって破裂し、推進薬が漏れて火災が発生し、空中分解に至った。

これを受け、シップ34には推進薬配管の改良やエンジン上部の引火防止策などが施されたほか、フライト7で検証できなかった宇宙空間でのエンジン再着火や模擬衛星の展開、インド洋での大気圏再突入と軟着水が計画されていた。また、前回に続きブースターの発射塔での回収も行うことになっていた。

スターシップ フライト8は、日本時間3月7日8時30分31秒(米中部標準時3月6日17時30分31秒)、テキサス州にあるスペースXの施設「スターベース」の発射台Aから離昇した。

33基の「ラプター」エンジンを搭載したスーパー・ヘヴィは、離昇から約2分30秒でスターシップ宇宙船と分離し、発射台に戻るためのブーストバック燃焼と着陸直前のブレーキング燃焼を経て、発射塔のロボットアーム、通称「チョップスティックス」による回収に成功した。

これは5回目の飛行試験以降で3回目の成功であり、技術の信頼性が高まったことを示した。ただ、ブーストバック燃焼中にはエンジン2基が着火できず、ブレーキング燃焼でも1基が着火しなかったため、他のエンジンの推力を上げるなどして対処された。

  • 発射塔で捕獲され回収されたスーパー・ヘヴィ
    (C)SpaceX

一方、スターシップ宇宙船は、分離と同時に6基のラプター・エンジンに着火して上昇を続けたが、離昇から約8分5秒後から、4基のエンジンが次々と停止し、姿勢制御を失い、急激な回転を始めた。これはエンジン燃焼終了の約30秒前だった。そして離昇から約9分30秒後に通信が途絶えた。

その後、フロリダ、バハマ、ジャマイカ、タークス・カイコス諸島の上空で、大きな爆発と、破片が流れ星のように落下する光景が確認された。破片はカリブ海やフロリダ近辺に散乱した。スペースXによると、破片は事前に設定した区域内に落下したと考えられるとしており、現時点で被害などは報告されていない。ただ、米連邦航空局(FAA)は、周辺の空港などで一時的な飛行停止措置を取り、航空交通に混乱が生じた。

スペースXの声明によると、「上昇燃焼の終了前にスターシップ後部でエネルギッシュな出来事が発生し、いくつかのラプター・エンジンが失われた」とされる。それ以上の詳細はまだ不明だが、前回の飛行試験と同じく、配管で共振が発生し、配管の破損や推進薬漏れを誘発した可能性がある。

試験後、FAAは事故調査を要求した。またスペースXも、FAAと連携して徹底的な調査を実施することを表明している。

今後の展望と影響

スペースXは、試作機の飛行を繰り返して問題点を洗い出し、改良を重ねて完成度を高めていく開発手法を採用しており、試験飛行における失敗は“授業料”として織り込み済みである。そのため、今回の失敗も、それ自体はそれほど深刻なものではない。

しかし、今回の飛行試験では、スターシップ宇宙船は前回とほぼ同じ状況で失敗した。これは、前回の失敗を踏まえて導入した改良が、期待された成果を上げなかった可能性が高い。

スターシップ宇宙船のブロック2は、未だまともに飛行できておらず、従来型からの改良点の有効性をはじめ、宇宙空間でのエンジン再着火や衛星の展開などの実証ができていない。そもそも、スターシップ宇宙船はこれまで一度も、再突入と軟着陸に成功したことがない。

また、ブースターの回収に成功したことは明るい話題だが、再着火や再々着火できないエンジンがあった点は、信頼性の面で不安を残す。数基のエンジンが停止しても他のエンジンで代替できるものの、それが常態化するのは好ましいとは言えない。

  • スターシップ8回目の飛行試験の打ち上げの様子
    (C)SpaceX

スターシップの開発は明らかに遅れが見える。そして、それはスターシップを前提とした宇宙計画にも影響を及ぼす可能性がある。

たとえば、スターシップは2026年以降に予定されるNASA主導の有人月探査計画「アルテミス3」ミッションで月着陸船として使用される予定だが、開発の遅れが続けば、月面着陸の実現も遅れることになる。

さらに、スペースX自身も、衛星インターネット・サービス「スターリンク」で影響を受ける。次世代の大型衛星「スターリンクV2」を効率的に打ち上げるには、スターシップの高い打ち上げ能力が欠かせない。現在は、機能を制限した「スターリンクV2ミニ」を現行の大型ロケット「ファルコン9」で打ち上げているが、事業拡大と収益基盤の強化には、スターシップによる本来のスターリンクV2の打ち上げが求められる。

スターシップ宇宙船の連続失敗は、開発の停滞を匂わせ、そして今後の宇宙計画に対する懸念を増幅させている。それでも、スペースXはこれまでも失敗から学び、技術的なハードルを一つずつ克服することで道を切り開いてきた。多少遅れても、その姿勢を貫けば、最終的な成功につながるだろう。スターシップの実現がもたらす新たな宇宙時代への扉は、着実に開かれつつある。

参考文献