東京大学(東大)とNTTは1月29日、NTTの光通信技術を応用することで、従来の1000倍高速な量子もつれ状態の生成ならびに観測に成功したことを発表した。
同成果は、東大 大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程の川﨑彬斗氏(日本学術振興会特別研究員)、Hector Brunel氏(研究当時:大学院特別研究学生/パリ高等師範学校 修士課程)、井出竜鳳氏(博士課程)、鈴木拓海氏(修士課程)、山嶋大地氏(研究当時:博士課程)、高瀬寛 氏(研究当時:助教/理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 客員研究員)、遠藤護 講師(兼 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 客員研究員)、アサバナント ワリット助教(兼 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 客員研究員)、古澤明 教授(兼 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 副センター長)、NTT 先端集積デバイス研究所 機能材料研究部の柏﨑貴大 准特別研究員、井上飛鳥 研究主任、梅木毅伺 特別研究員、理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターの阪口淳史 特別研究員らによるもの。詳細は英国の国際科学学術雑誌「Nature Photonics」に掲載された。
量子もつれは、2つ以上の量子ビット間の特殊な相関を有する量子力学特有の現象で、量子計算や量子通信、誤り訂正などといった量子技術の根源となるリソースとして活用されている。その評価としては、量子もつれの純度のほか、生成速度が重要なパラメータとされているが、これまでの光量子もつれの生成速度は原理的にTHzオーダーまで高めることができるとされつつも、実際には技術的制約のためにMHzオーダーに留まっており、それが光量子コンピュータとしての動作周波数、いわゆるクロック周波数となるため、より多くの情報を処理するために、その高速化が求められていた。
この課題解決に向けて研究チームでは今回、高速な光の波を短波長で繰り出すことで高速化を図る手法を考案。実証のためにNTTの導波路加工技術、東京大学の量子技術ならびに量子もつれ状態を同期して、それぞれを制御できる技術を開発して、実験系に適用することで、従来の25MHzと比べて1000倍ほど高速となる66GHzでの量子もつれ状態の生成・観測に成功したという。
具体的な手法としては、光源を従来の光を共振器の中に閉じ込め、結晶との相互作用で量子的な光を生成する量子光源(OPO)では、共振器の構造に起因する帯域の制限があったことから、NTTとの共同開発による導波路構造を採用することで、導波路の狭い領域に光を集中させることが可能となり、共振器構造無しで高い非線形光学効果を実現した導波路OPAを採用することで6THzという広帯域を実現したとする。
また、広帯域化に伴い量子測定の高速化も求められたことから、何らかの量子状態があったときに、強い光をあてることで光の振幅状態を測定できるホモダイン測定を活用する手法を考案。しかし、従来のホモダイン測定では、量子光学においては不完全性があった場合、ノイズが乗ってくるため、200MHz程度が限界であった。一方、光通信の領域におけるホモダイン測定は、100GHz帯域まで利用可能な一方で、効率が50%ほどと低いなど、効率と帯域のトレードオフの関係があり、高速化の妨げになっていたことから、今回はノイズの多い測定器であっても微弱な量子状態の測定を行うべく、プリアンプにより信号を増幅して、ノイズの多い状態を測定器で測ることで、信号をうまく読み取ることをできるようにしたという。
実際の方法としては、同じ情報をうまく読み取ることができる位相敏感増幅(PSA)とホモダイン測定を組み合わせることで、2つの経路(パス)に量子もつれ(エンタングルメント)を生成した後、導波路型OPAでPSAを実施、その後、5Gホモダイン測定器(Coherent製)を経て、高速アンプ(SHF製)、そして110GHz帯域対応の高速オシロスコープ(キーサイト・テクノロジー製)で計測することで実証を行ったという。今回の研究で帯域が66GHzとされたのは、これらの測定側が対応できる性能ということの値であり、より高性能なコンポーネントに置き換えることで100GHz程度までは試みることが可能だという。
実験として、横方向(X方向)成分と縦方向(P方向)のホモダイン測定を行ったところ、ピコ秒オーダーでX方向の測定では理想に近い2つのパスの一致が時間軸上で見られたほか、P方向の想定では0を対称に反転する反相関が見られたとする。また、定量的な評価のためにフーリエ変換による周波数領域での測定では、0という古典的な限界を下回りマイナスに到達しており、最大で-4.5dBの量子相関が存在するという観測結果を得られたとする。
この-4.5dBという相関は十分に高い水準で、この値はあれば、さまざまな量子技術にも応用可能なレベルであることを示すと研究チームでは説明しており、別の波長と組み合わせた波長多重化も可能だとのことで、今回開発したプラットフォームをテストベッドとして利用することで、実際の非線形演算の実装や、量子誤り訂正処理の評価、さらには最適化や機械学習などの量子アプリケーションの探索の進展につながることが期待されるとしている。