激化する月ビジネス競争の中で、またひとつ新たな挑戦が始まった。
米ファイアフライ・エアロスペースが開発した月着陸機「ブルー・ゴースト」が2025年1月15日、ロケットで月へ向かって飛び立った。
早ければ3月2日にも月面着陸に挑む予定で、同社にとって初の月面着陸であるだけでなく、民間企業として史上初めての“完全成功”を目指す、重要なミッションである。
ファイアフライのブルー・ゴースト
ファイアフライ・エアロスペース(Firefly Aerospace)は、2014年創業の宇宙企業で、米国テキサス州に拠点を構える。
同社は主に、ロケットの開発と運用を手がけており、2021年から小型ロケット「アルファ」を開発しているほか、現在は大型ロケット「MLV」を開発している。
また、月着陸機の開発にも注力している。米国航空宇宙局(NASA)が中心となって進める国際有人月探査計画「アルテミス」では、月への物資輸送を民間に委託する方針で、ファイアフライをはじめいくつもの企業が、自社製の月着陸機による月面着陸と、それによる継続的な月輸送ビジネスの確立を目指している。
同社が開発した月着陸機「ブルー・ゴースト」は、高さ2m、幅3.5m、打ち上げ時質量は約1500kgで、小型の乗用車くらいの大きさがある。月面へ最大155kgの輸送能力をもっている。
電力は太陽電池でまかない、最大400Wを生成できる。月の夜を乗り越える「越夜(えつや)」能力はない。月は昼と夜を2週間ごとに繰り返しており、夜の間は極低温になるため、専用のヒーターなどがないと越夜は難しい。そのため、ブルー・ゴーストは基本的には昼の期間だけ運用することを想定している。
ブルー・ゴーストとは、米国に生息するホタルの一種「Phausis reticulata」に由来している。このホタルは青(緑)の光を放つことから、ブルー・ゴーストという別名でも知られる。
ブルー・ゴースト ミッション1の概要と目的
今回の「ミッション1 (M1)」では、地球から月への飛行、そして月面着陸などの技術を実証する。ファイアフライは「ゴースト・ライダーズ・イン・ザ・スカイ」という愛称もつけている。これは米国の有名なカントリー・ソングのタイトルに由来している。
ブルー・ゴーストM1は、日本時間1月15日15時11分39秒(米東部標準時1時11分39秒)、スペースXの「ファルコン9」ロケットで、NASAケネディ宇宙センターから打ち上げられた。ロケットは順調に飛行し、ブルー・ゴーストを地球周回軌道へ投入した。
なお、打ち上げには日本のispaceの「HAKUTO-R ミッション2」が相乗りしていた。両者は異なる軌道を飛び、ミッションや着陸地点も異なる。
ブルー・ゴーストはロケットからの分離後、まず地球周回軌道を回り、25日間にわたって機器の試験などを行いながら、徐々に軌道高度を上げていく。
その後、2月10日ごろに地球周回軌道から脱出し、月へ向かう遷移軌道に乗る。4日かけて月に接近し、月の周回軌道に入る。その後、16日間にわたって機器の調整や校正などを行い、月面着陸に向けた準備を整える。
そして、早ければ3月2日にも月面着陸に挑む。降下と着陸には、同社が開発した「De Souza」という自律航行システムが用い、完全に自動で行う。
着陸場所は、月の表側の北東部にある「危難の海(Mare Crisium)」の、「ラトレイユ山(Mons Latreille)」付近に設定されている。
この地域は、初期の火山噴火によって形成され、30億年以上前に玄武岩質の溶岩で覆われたと考えられている。地形が比較的平坦で、ブルー・ゴーストにとって初の月面着陸ミッションにおいて安全性が高いと評価されたこと、また、月のレゴリスや内部、太陽風と地球磁場の相互作用を研究するのに適しており、科学的成果が期待できることから着陸場所に選ばれた。
ちなみに危難の海は、1976年にソビエト連邦(当時)の月探査機「ルナ24」が着陸し、月の石のサンプルリターンを行っている。
ブルー・ゴーストの月面でのミッション期間は、最長14日間と想定されている。これは前述のように、越夜機能がないためである。ただ、夜になってからも数時間はバッテリーで稼働できる。また、日本の小型月着陸実証機(SLIM)のように、電子機器などが極低温環境に耐えられれば、数回の越夜に成功する可能性もある。
M1はまた、NASAや民間企業などが提供した10の機器を月面に運び、実験を行うミッションも帯びている。これは、NASAの商業月面ペイロード・サービシズ(CLPS)イニシアティブを通じて、NASAと商業的な契約を結んだうえで行われる。
- LISTER:月の地下の温度勾配と伝導率を測定し、月内部からの熱流を調べる
- LPV:ガスによる月のレゴリスの採取やふるい分け、除去の技術を実証する装置
- NGLR:地球からのレーザー光を反射させ、距離を測定する反射鏡。従来の反射鏡より精度を高め、サブミリメートル範囲の測定を可能にする
- RAC:月のレゴリスが、月の一日を通して月の環境にさらされるさまざまな物質に、どの程度付着するかを調べる
- RadPC:電離放射線によって引き起こされる障害から回復可能なコンピューターを実証する
- EDS:電界を使用した、月面ダストの除去や、付着防止の技術を試験する
- LEXI:X線観測装置で、太陽風と地球の磁場の相互作用を研究する
- LMS:月の電場と磁場を測定し、月のマントルの構造と組成を調べる
- LuGRE:地球から月への飛行中や月面において、GPSやガリレオ測位衛星による航法や時刻同期が可能かどうかを試験する
- SCALPSS:着陸機が月面に降り立つ際のロケットの噴煙が、月面のレゴリスに与える影響を撮影し、その影響の度合いを調べる
民間企業による月面着陸をめぐっては、昨年1月、米国の民間宇宙企業インテュイティブ・マシーンズの「ノヴァC オデュッセウス」が月面着陸に挑むも、横倒しになってしまった。もっとも、着陸後も機体や搭載機器の多くは稼働したため、「部分的成功」とされている。
したがって、M1が計画どおりに月面着陸し、運用することができれば、民間企業として初めて「完全な成功」を収めることになる。また、それは同時に、米国としては1972年の「アポロ17」以来のことにもなる。
ファイアフライはまた、NASAからミッション2、3も受注している。ミッション2 (M2)は2026年に、M3は2028年に打ち上げが予定されている。
両ミッションは、ブルー・ゴースト着陸機と、開発中の月周回機「エリトラ・ダーク(Elytra)」を結合した状態で打ち上げ、M2では月の裏側へ、M3では月の表側にある「グルイテュイゼン・ガンマ山」と呼ばれるドーム状の場所への着陸を目指している。
参考文献
・Firefly Aerospace’s Blue Ghost Mission 1 Successfully Launches and Begins 45-Day Transit to the Moon
・Blue Ghost Mission 1 - Firefly Aerospace
・Blue Ghost Mission 1 - NASA
・NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details