東北大学と上智大学の両者は1月22日、近年増加している炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を用い空気抵抗を低減した航空機の主翼のうち、大きくたわむため通常の線形数値解析を用いた予測ではその変形を正確に捉えることができなかった、高アスペクト比で細長い形状のものについて、複合材主翼の空気抵抗と構造重量の最小化を目的とした多目的最適化フレームワークを構築することで、空気抵抗と構造重量をバランスよく低減できる主翼形状を数値的に明らかにしたことを共同で発表した。

さらに、既存の線形解析にのみ基づく設計を採用すると、予想よりも大きな力が主翼にかかり、危険な設計となりうることがわかったことも併せて発表された。

  • 複合材航空機主翼の空力構造最適設計

    複合材航空機主翼の空力構造最適設計(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、東北大 流体科学研究所のLiu Yajun学術研究員、同・阿部圭晃准教授、東北大大学院 工学研究科の伊達周吾大学院生(研究当時)、同・岡部朋永教授、上智大 理工学部の長嶋利夫教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、航空宇宙分野に関する全般を扱う学術誌「Aerospace Science and Technology」に掲載された。

これまでの航空機の材料には主に金属が使われてきたが、近年は軽量・高剛性・高強度という特性を持つCFRPが使用される割合が増えている。しかし、CFRPは炭素繊維と樹脂を組み合わせた複雑な複合材料であり、内部で生じる数μmの破壊現象が数十mの主翼全体に及ぼす影響の予測は、まだ完全ではないとのこと。しかし航空機の実寸での実験や飛行試験は容易ではないため、主翼の性能を予測する別の手段が求められていたのである。

こうした場合に有効な手段が数値解析であり、航空機の設計開発においてもそれを活用したデジタルツインの実現が期待されている。脱炭素化に資する輸送機器の性能向上の観点からも、デジタルツインを活用した革新的な次世代機の開発が期待されるが、複合材が有するさまざまな特性を活かした主翼設計を数値的に行う手法はまだ研究途上だ。そのため、空気力学・構造力学・破壊力学で記述される複数の物理現象を横断的に扱い、かつ設計へと結びつけるフレームワークを構築する重要性が高まっているという。

近年トレンドとなっている複合材を用いた主翼では、従来の金属では難しい高アスペクト比の主翼を採用し、空気抵抗を下げることが可能とされている。アスペクト比とは主翼の縦横比のことで、数値が大きいほど細長い形状になる。しかし、このような高アスペクト比の主翼は大きくたわむため、従来の線形解析では、大きな変形を伴う複合材主翼の挙動を正確に予測することが難しかった。そこで研究チームは今回、複合材主翼の空気抵抗と構造重量の最小化を目的とした多目的最適化フレームワークを構築し、空気抵抗と構造重量をバランスよく低減できる主翼形状の数値的な解明を目指したとする。

今回の研究ではまず、巡航時に平衡状態となる空気力と構造変形が予測された。なおかつ、主翼が破壊しないよう構造部材の寸法を調整する数値解析法を基盤とし、「遺伝的アルゴリズム」による主翼平面形の多目的最適化手法を組み合わせることで、空力性能と構造性能の最適化が可能となったという。そして多目的最適化の結果、空気抵抗と構造重量のトレードオフ関係が明らかになったとのこと。つまり、アスペクト比の高い主翼が空気抵抗を低減する一方で、構造重量は増大することが示されたのである。

また、アスペクト比の異なる最適化翼において、通常の有限要素法と異なり、ひずみの高次項まで考慮した非線形解析により、大きな形状変形を正しく捉えられる解析手法である“幾何学的非線形解析”を取り入れた構造設計が実施された。これにより、通常の線形解析による設計時よりわずかに構造重量が増加し、また主翼変形量も増加することが突き止められた。特に、このような違いは高いアスペクト比の翼ほど大きくなり、主翼上下面の板厚分布に変化が生じることも判明したという。

  • 幾何非線形解析を取り入れたことによる大変形時の構造設計重量の変化

    幾何非線形解析を取り入れたことによる大変形時の構造設計重量の変化(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームは、さまざまな形状の複合材主翼において、構造設計に対する幾何学的非線形解析の効果が詳細に確かめられたのは、今回が研究が初めての報告だとする。そして今回の研究成果は、次世代複合材航空機の開発期間の短縮のみならず、水素・アンモニア推進などのより革新的な航空機の開発にもつながる技術的展開も期待されるとしている。