広島大学は9月30日、地球などの惑星の重力を利用して「ダークマター」(DM)の様子を映し出して観測する将来計画「惑星重力レンズDM望遠鏡構想」を実現するための、宇宙空間を伝播する電磁波により、遠方の軽いDM候補を光へと強制的に崩壊させ、その反射光を手元で捉える「遠方誘導崩壊反射法」を発案したことを発表した。
同成果は、広島大大学院 先進理工系 科学研究科の本間謙輔准教授(高エネルギー加速器研究機構 量子場計測システム国際拠点兼務)によるもの。詳細は、理論物理学および実験物理学を扱った学術誌「Journal of High Energy Physics」に掲載された。
これまで、DM候補の探索には、主として磁石を使って、磁場を介してDM候補を光子へと変換し、その光子を観測する手法が取られてきた。この場合、静止する磁場内に、偶然DMが入射するまで待ち続けることになるため、この手法で感度を上げるには、強い磁石を巨大化し、DMに触れられる体積を大きくするしかなかった。そこで、研究チームは今回、未知の素粒子である「アクシオン」や、それに類似した「アクシオン類似粒子」など、宇宙空間を漂う、崩壊し得る軽いDM候補を一般的に探索する新手法を提案することにしたという。
仮に磁石を光速で長距離移動させることができたのなら、その実効的体積は桁違いに増大することになる。磁石を光速で動かすのは実際には無理だが、その代わりに電磁波を飛ばすことによって置き換えることはできる。レーザーやマイクロ波のような位相の揃った電磁波を宇宙空間に放った場合、その光によりDM候補を長距離にわたって誘導崩壊、つまり、まれにしか崩壊しないDMを強制的に崩壊させられる可能性があるという。
この時、もしDMが静止している場合には、運動量の保存(作用反作用)から2つの崩壊光子が正反対に出る。片方の光の方向を指定するのは、誘導用の電磁波の進行方向なので、もう片方の崩壊光子は、鏡に反射したように誘導用電磁波の発射された方向に戻る形で放出されることになる。もし、パラボラミラーのごとく鏡の面を球面に変えられるとすると、1か所に反射光を集光させられることになる。レーザーのような位相の揃った光を宇宙空間で集光後発散させておくと、その集光点から少し離れた所ではほぼ球面状の伝播になる。その球面状光波で誘導崩壊させられた光子は、その発生点だった集光点に必ず戻ることになるという。
問題は、DMが観測者に対し、どの程度静止した状況を実現しているかとなるが、DMの速度上限は、天の川銀河に拘束されていることから光速の1/1000未満と見積もられるという。地球の重力はDMに対しては重力レンズとして働き、秒速220kmの入射速度を想定すると、その焦点距離は地球中心から約100万km程度となる。その密度凝縮の効果は、焦点位置では10億倍程度かつ、おおよそ100万kmの距離にわたって少なくとも1000万倍程度の凝縮効果が維持されるという。例えば地球表面を頭皮に見立てると、DMの毛髪の様な構造が現れることとなり、もし観測衛星を毛根に置き、誘導電磁波を毛先に向けて打ち出した場合、DM崩壊からの信号収量は密度増大に比例し、毛髪長の4乗に比例することとなり、光子とDMの結合が重力結合並みに弱い場合ですら感度を持てる超高感度探索が原理的には実現できるとする。
ただし実際にはDMは四方八方から地球に入射するため、あまり密度増大は期待できないという。それに対して、最近見つかった天の川銀河に重力的に捕捉された、白鳥座の方向にある太陽質量の100億倍程度の矮小楕円銀河から、太陽系のある方向に向かって星々が天の川銀河に流れ込んできている現象である「白鳥座S1ストリーム」のような遠方のDM源がある場合には、DMは地球レンズにほぼ平行入射するため毛髪形成が起こるとする。この場合、たとえ伝播軸方向にDMがさまざまな速度を持っていたとしても、衛星を姿勢制御して毛髪方向に向けることができれば、常に毛髪全体を光の網で捉えられることになるという。これは、遠方からのDMストリームに対しても同様に、DM源と地球レンズの中心を結ぶ線上に毛髪が「必ず」生じていることになるとする。
これらを踏まえると、DMを豊富に含む遠方銀河に対して、どの方向から飛来するかによらず、地球自体が全天的な望遠鏡レンズとして働くことが期待できることとなり、これが惑星重力レンズDM望遠鏡構想となり、今回の研究はこの同構想を実現するための礎となると研究チームでは説明している。
なお、研究チームによれば、これまで地球や木星などの惑星により、DMの毛髪構造が現れることまでは予言されていたが、毛髪を検知する具体的な方法論は提唱されていなかったとのことで、今回の研究成果は、新たな観測手法の導入により、惑星重力レンズ効果によるDM観測という新たな天文学構想を展開する可能性を切り拓くものとなるとしている。