サイボウズは9月5日、企業のCIO(最高情報責任者)やIT部門社員向けたセミナー「IT Special Seminar 2024」をオンラインで開催した。同セミナーでは、組織や教育制度の整備に注力すると同時にノーコードツールを用いて業務改革を推進している企業の事例などが紹介された。

本稿では、ノーコード開発ツール「kintone」などを活用した内製開発を進めている三菱重工業(三菱重工)の事例を紹介しよう。DX推進部門と各事業部門の協働によって実現されている、同社の「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とは。三菱重工 デジタルイノベーション本部 DPI部 SoEグループ グループ長の山本浩道氏が講演を行った。

  • 三菱重工業 デジタルイノベーション本部 DPI部 SoEグループ グループ長 山本浩道氏

    三菱重工業 デジタルイノベーション本部 DPI部 SoEグループ グループ長 山本浩道氏

“三菱重工流”のDX 3つの軸とは?

三菱重工の事業領域は多岐にわたる。火力発電システム事業や原子力事業といったエナジー事業や、航空・防衛・宇宙に関する事業、インダストリーや社会基盤に関する事業など、数十の事業部門から構成されており、約500種以上の幅広い製品を提供している。

そして、三菱重工グループ全体のDXを推進するのが、従来の情報システム部門を統合して2022年7月に発足した「デジタルイノベーション本部」だ。デジタル戦略やデジタル基盤、セキュリティ、システム開発を推進しする部門で、山本氏が所属する「DPI(Digital Product Innovation)部」では、約70人体制(2024年7月時点)でデジタルサービスの開発・運用を推進している。

DPI部では、「EX(Employee Experience)」「CX(Customer Experience)」「PX(Product Transformation)」という3つの軸のした、DXを推進している。

  • DPI部は3つの軸「EX(Employee Experience)」「CX(Customer Experience)」「PX(Product Transformation)」でDXを推進

    DPI部は3つの軸「EX(Employee Experience)」「CX(Customer Experience)」「PX(Product Transformation)」でDXを推進

EXは、従業員が三菱重工で働きやすくする取り組みで、日常業務のデジタル化を進めている。先述したkintoneや、チャットツールの「Slack」、タスク管理などができる「Asana」といった従業員向けのデジタルワークスペースを充実させている。

そして、CXは顧客が三菱重工と取引しやすくなることを目的にした取り組み、PXは同社が次世代の製品を開発できるようにする取り組みだ。前者は顧客接点のデジタル化を図り、後者は製品のデジタル化を図っている。それぞれの取り組みで、ECシステムやIoTシステムといった顧客向けのデジタルサービスを内製で開発している。

「私たちは事業価値と顧客価値につながる取り組みを目指している。事業部門から言われたものをDX部門が作るのではなく、事業部門とDX部門が協働して課題に向き合い、価値を探索する必要がある。改善を繰り返しながら、徐々に目指す姿に近づいていくのが理想だ」と山本氏は同社の目指す世界を説明した。

約1000の業務アプリを「kintone」で内製開発

EX活動の成果として、kintoneの活用が紹介された。サイボウズが提供するkintoneは、ノーコードで業務アプリが開発できるクラウドサービス。難解なプログラミング言語を覚えなくても直感的にアプリを作ることができる点が特徴で、2023年12月末時点で導入社数は3万2800社を超え、東証プライム企業の3社に1社が導入している。

  • 三菱重工のDX部門はkintoneで業務改善アプリを開発している

    三菱重工のDX部門はkintoneで業務改善アプリを開発している

三菱重工のDPI部では、kintoneで各事業部門の業務アプリを一括で開発しているが、事業部門と協働しながら開発を進めている。「事業部門が抱えている課題を共有してもらった上で、試験的なアプリを開発する。そして事業部門と共に改善を重ね、業務を効率化できるアプリ開発を完成させる。ビルド・スクラップ・ビルドで素早く正解を導いている」と山本氏は胸を張った。

2020年にkintoneの導入を開始したが、2024年9月現在、開発した業務アプリ数は963。DX部門だけでなく52部門で3000人を超えるユーザーがkintoneを活用している。山本氏は特に業務改善を図ることができた2つの事例を紹介した。

  • kintoneによる活動成果

    kintoneによる活動成果

一つは、海外拠点のバックオフィスを業務改善したアプリ開発。三菱重工には大小さまざまな海外拠点があり、「幹部層が膨大なバックオフィス業務に忙殺され、本来業務に集中できない」、「膨大な量の社内決済が紙で運用されており、書類管理が煩雑になっている」といった課題があったという。

そこで、社内決済業務をデジタル運用できるようにkintoneアプリを複数開発した。幹部層を通じてた拠点へ口コミが広がり、アジア5拠点に水平展開することができた。海外小規模拠点が抱えていた長年の業務課題はわずか数カ月で解決に至った。

「DPI部のエンジニアが海外拠点に直接出向き、現地の従業員と議論を重ねながら、本当に必要な機能を見極めている」(山本氏)

  • 海外拠点のバックオフィス業務改善事例

    海外拠点のバックオフィス業務改善事例

もう一つの事例は、産業機器部門における米国拠点のアフターサービスの業務改善だ。米国市場で伸長中のアフターサービス業務の運用に欠かせない基幹システムをkintoneで開発した事例だ。

「顧客からの問い合わせ対応履歴の情報共有とフィールドサービス員の管理に課題があった。また、複数部門が関係する整備案件のステータスがExcelで管理され煩雑だった」と山本氏は振り返る。

そこで、問い合わせ管理や顧客訪問予定管理、整備業務管理といったアフターサービスの基本業務を一気通貫で管理できるkintoneアプリを開発。その結果、広大な米国市場のアフターサービス情報が一元管理できるようになり、登録・共有・閲覧を365日24時間体制で行えるようになった。

  • 米国拠点のアフターサービス業務改善事例

    米国拠点のアフターサービス業務改善事例

今後は「市民開発」実現へ

同社は現在、これらの成果を踏まえ、業務改善アプリの標準化を推進している。複数の事業部門での運用結果を基に業務カテゴリーを分類して共通的な事項を洗い出し、標準アプリへの移行を開始している。「これまでよりも、さらにアジリティを高めた業務活動へつなげていく」(山本氏)

また今後の展開としては、事業部門が主体となって日常業務系アプリを開発する「市民開発」を目指していく。脱・紙運用やワークフローの簡易化を実現するアプリを、DX部門だけではなく、各事業部門が開発できるようにしていきたい考えだ。

  • 三菱重工のDX部門の今後の展開

    三菱重工のDX部門の今後の展開

同社はそのために、開発ガイドラインや基礎教育プログラムを用意したり、kintoneの活用例を共有しあう社内コミュニティを構築したりする考えだ。「事業部門の基礎スキルを強化するとともに、高度な業務アプリを開発できるようにDX部門の専門スキルも磨いていく」(山本氏)