東京農工大学(農工大)、情報通信研究機構(NICT)、早稲田大学(早大)の3者は7月30日、「メタサーフェス」を利用して、レンズ・プリズム・波長板の3種類の光学素子を1枚の超薄型素子に統合することを実現したと発表した。
同成果は、農工大大学院のPrutphongs Ponrapee大学院生、同・伊藤遼成大学院生、同・青木活真大学院生、NICTの原基揚主任研究員、早大 理工学術院の池沢聡研究院講師、農工大大学院の岩見健太郎准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、光学とフォトニクスに関する全般を扱う学術誌「Optics Express」に掲載された。
原子時計とは、原子のエネルギー遷移を利用した精度が非常に高い時計のことだ。そうした原子時計のうちの1つのルビジウム(Rb)原子時計には、レンズ・回折格子・波長板が用いられているが、組み合わせて利用すると大型化してしまうため、極めて高い時間精度を有するものの小型化することが困難だったという。現在、原子時計の厚みは数cmあるが、それを数mm程度まで小型化や薄型化できれば、スマートフォンへの搭載の可能性すら見えてくるとする。
光を集めたり光の進行方向を変えたりするために使われるのが、レンズやプリズムといった光学素子だ。また光学素子の一種である波長板は、光の偏光状態(振動方向)を変える働きがあり、液晶ディスプレイや光通信に利用されている。光を高度に利用するためには、これらの光学素子を多数利用する必要があるが、1つ1つがガラスや結晶材料で作られるために小型化や薄型化が難しく、また高価になるという課題があった。そこで研究チームは今回、「メタレンズ」に関する研究を発展させ、プリズムと波長板の機能を追加することで、レンズ・プリズム・波長板の3種類の光学素子を1枚の超薄型素子に集積化する技術を開発したという。
光(電磁波)の波長に比べて小さいサイズの誘電体導波路構造を配列することで、自然界には存在しない屈折率や光機能を実現できる機能性表面は、メタサーフェスと呼ばれる。メタサーフェスは、数μm程度の薄さでさまざまな光学的機能を実現できることから、次世代の光学デバイスとして注目されている。このメタサーフェスの考え方に基づいて、誘電体導波路を配列させたレンズがメタレンズである。
またメタサーフェスを構成する微小な構造体のことは「メタアトム」と呼ばれ、今回開発された集積化素子は基板上に半導体の製造プロセスを用いてメタアトムを配列させたものであり、非常に薄型であるだけでなく大量生産も可能な特徴を持つ。
今回、Rb小型原子時計に用いられる波長795nmで動作する、レンズ・プリズム・波長板の3機能を1枚に統合した多機能集積化メタサーフェスが開発された。これは、光源から入射する拡散直線偏光を、円偏光の平行光に変換して、角度を変えて出射することができるというものだ。
設計ではまず、「水素化アモルファスシリコン」で製作された矩形(長方形)断面のメタアトムの柱構造の電磁場解析が行われ、偏光のx方向成分とy方向成分との間に1/4波長(90度)の位相差を生成できる寸法が抽出された。そして、偏光間の位相差を保ちつつ、全体の位相遅延を0~360度の間で自在に制御できるよう設計し、縦298nm×横2384nmの範囲に8本の異なる寸法の柱を並べることで、プリズムと波長板の2機能の統合ができることが確認されたという。詳細な誤差解析が行われ、寸法誤差が回折効率・集光効率に与える影響が調査された。
実験ではプリズムと波長板の2機能の統合と、レンズ・プリズム・波長板の3機能統合が取り組まれた。3機能統合では、0.3mm×0.3mmの範囲内に360種類の異なる寸法の柱が配置された。2機能統合では回折効率72.8%、3機能統合では集光効率77.3%が達成され、高い性能を示すことができたとする。
現代は、年を追うごとに、高速かつ大容量で安全な通信技術への需要が高まっていく状況だ。そのためには高精度かつ安価なタイミングデバイスの開発が必要であり、スマートフォンに搭載可能な超小型原子時計はその有力な候補だという。今回の研究で提案された多機能集積化メタサーフェスは1枚の超薄型素子で光の伝搬方向・集束性・偏光状態を高効率に同時精密制御する技術を提供するものであり、大量生産に対応することも可能だ。そのため研究チームは、次世代の超小型原子時計開発のための重要技術となることが期待されるとしている。