慶應義塾大学(慶大)は6月28日、電荷・スピン・軌道という電子の持つ3つの性質を利用した流れのうち、電流(電荷)とスピン流(スピン)に比べて、生み出すことが困難だった「軌道流」を生み出す新現象「軌道ポンピング」により観測することに成功したと発表した。

同成果は、慶大 基礎科学・基礎工学インスティテュート(KiPAS)の林宏樹研究員(同・大学大学院 理工学研究科の林宏樹助教兼任)、同・大学 理工学部の安藤和也准教授(KiPAS主任研究員兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のエレクトロニクスの全般を扱う学術誌「Nature Electronics」に掲載された。

  • 軌道ポンピングによる軌道流の生成・電流への変換の模式図

    (左)軌道ポンピングによる軌道流の生成・電流への変換の模式図。(右)実験結果。マイクロ波の吸収スペクトル(上段)、同時に測定された電流スペクトル(下段)。磁化の運動が駆動される(マイクロ波が吸収される)と電流が現れており、これは軌道ポンピングが生成された軌道流から変換されたものであるとした(出所:慶大プレスリリースPDF)

電子の電気的性質であり電荷の流れである電流は、現代文明を支える電気・電子デバイスを成り立たせている根幹である。しかし、電気・電子デバイスは高性能化が進むと同時に消費電力が増大し、また発熱の問題も生じている。そこで、低消費電力化や熱の発生を抑えるための新たな電子技術として、スピンの流れであるスピン流を活用するスピントロニクスの研究開発が進められている。その最先端の研究では、スピン流が生み出すさまざまな物理現象が確認されており、その基本的な性質が明らかにされつつあるのに加え、スピン流を自在に操るための基盤が築かれつつある。その結果、現在では、スピン流による次世代の記憶素子や新原理コンピューティング技術の研究が広く展開されている。

そうしたスピントロニクスの研究において、ごく最近になり、電子の持つ最後の性質である軌道の重要性が浮かび上がってきたという。特に、電流・スピン流に対応する軌道流の存在が解明されつつある。軌道流は、エレクトロニクス・スピントロニクスに続く、電子技術の新たな展開を期待させるものだ。しかし、それを生み出すことそのものは依然として困難な状況にあるとする。そこで研究チームは今回、磁性体(磁石)の磁化(N極/S極)の運動から、軌道流が生み出される新現象の軌道ポンピングの観測を試みることにしたという。

スピントロニクスには、磁化の運動からスピン流が生み出される現象「スピンポンピング」がある。研究チームはそれに着想を得て、磁性体のニッケルとチタンを組み合わせた試料において、マイクロ波により磁化の運動を駆動させ、磁化の運動によって試料に生じる信号の測定を実施することにしたとする。この信号の構造・磁場・物質依存性が詳細に調べられた結果、軌道ポンピングを検出することに成功したとする。

スピン流に基づくスピントロニクスの発展において、スピンポンピングは重要な役割を果たしてきた。特に、スピン流に起因する多彩な現象・機能が次々と明らかにされている。今回の研究により見出された、スピンポンピングの軌道版である軌道ポンピングは、軌道流に基づく新たな電子技術・電子物理を切り拓くための重要な基盤となることが期待されるとしている。