理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)、東京大学(東大)の3者は5月21日、「高精度電子線位相差トモグラフィー技法」を開発し、変形によって「スキルミオン」(固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体)が長いひも状になった「スキルミオンひも」の直接観察と、その詳細な融解過程の記録に成功したことを共同で発表した。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター(CEMS)電子状態マイクロスコピー研究チームの于秀珍チームリーダー、CEMS 強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター、CEMSの田口康二郎副センター長、CEMS 強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東大卓越教授/東大国際高等研究所東京カレッジ)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学に関する全般を含めた学術誌「Communications Materials」に掲載された。
スキルミオンひもおよびヘッジホッグテクスチャの実在を確かめるためには、三次元磁気構造のトモグラフィー観察が必要不可欠だ。しかし従来の高空間分解能電子線トモグラフィーは計測に時間がかかるため、ダイナミクスを観察するためにさらなる時間の短縮が求められており、高速で効率的なデータ収集方法の開発が喫緊の課題となっていたという。
高解像度の磁気イメージングを行える「超高速ローレンツ電子顕微鏡」(以下、「L-TEM」と省略)であれば、非破壊的に、試料中の磁気構造の動的挙動を外場(温度・磁場など)の下での追跡が可能だ。しかし、L-TEMは材料内の磁場分布に関する定性的な情報しか提供できないことから、強度輸送方程式を利用する解析ツールのような補完的手法が必要とされていた。そこで研究チームは今回、高空間分解能かつ短時間で磁気構造のデータを取得できる手法を開発することにしたという。
今回の研究では、高精度電子線位相差トモグラフィー技法を実現するため、「電子線位相差積分コントラスト(iDPC)法」が確立された。iDPC法は、試料の磁気構造を反映するコントラストを、位相情報に基づいてより視認性を高めるための手法。位相差を積算することで、材料内で弱く散乱する磁気テクスチャの視認性を向上させることができる。また、iDPCシグナルは位相シフトに比例しており、計測磁気材料の磁束密度はiDPCシグナルの強度に比例する。
たとえば、収束した電子ビームが磁性材料を通過する際、電子ビームがローレンツ力を受け、磁束密度に垂直な方向に偏向する。検出器で透過電子線の強度を検出し、その強度のプロファイルから位相情報を抽出することで、スキルミオン中のベクトル場の分布が得られる。
三次元磁化構造を観察するために、集束イオンビームを用いてらせん磁性体「鉄ゲルマニウム」(FeGe)の薄膜試料が作製され、試料サイズおよび形状を三次元観察できるよう最適化が行われた。三次元スキルミオンひもおよびその温度プロファイルの測定手順は以下の通りだ。
- まずゼロ磁場において、FeGe薄膜中にスキルミオンひもを絶対温度95K(-178℃)で安定に生成
- 試料の角度を2度刻みのステップで-50度から+50度まで変え、一連の二次元傾斜像を撮影
- iDPCイメージの傾斜系列を取得した後、Inspect 3Dソフトウェアを使用して三次元像を再構築する(再構築アルゴリズムを繰り返し行うことにより、信号対雑音比を向上させた三次元像を再構築)。
スキルミオンひもが安定に存在する95Kにおいては、各スキルミオンひもが互いに分離し、試料中に三角格子が形成される。試料を昇温させると、200K(約-73℃)においては、試料の厚さ方向の中心付近にヘッジホッグとアンチヘッジホッグのテクスチャが現れ、それらを経由して、隣接するスキルミオンが特定方向に連結し、スキルミオンひもが融解し始めるという。さらに、試料温度を220K(約-53℃)まで昇温させると、スキルミオンひもが完全に融け、ストライプ状となったとした。これらのテクスチャは、理論モデルに基づいて再現することができるとしている。
今回開発された高精度電子線位相差トモグラフィーは、焦点内走査透過型電子顕微鏡(STEM)モードで実施され、5ナノメートル以下の高空間分解能を有し、データセットの取得時間は約10分まで短縮することが可能だという。また同技術は、特に材料科学、物理学、およびスピントロニクスなどで磁化構造を理解する上で重要であり、各種磁気材料の設計や最適化に役立つことが期待されるとしている。