東京大学(東大)、京都大学(京大)、理化学研究所(理研)の3者は2月16日、約29万9000年~約35万5000年という長い寿命を持つため扱いが非常に難しいことで知られる放射性廃棄物の1つ「セレン」の放射性同位体「79Se」について、その中性子捕獲断面積を実験的に評価(計測)したことを共同で発表した。

  • 今回の手法の概念図

    今回の手法の概念図。測定したい反応は、79Seに中性子(赤)を移行させ安定核80Seの高励起状態(橙)を作る反応だ(左)。実験では、79Seに重陽子(黒と赤)から中性子1個がつけられた(右)。この時、同時に陽子(黒丸)を測定することで励起エネルギーを決定できる。高励起状態の80Seは、大半が中性子を放出して79Seに戻ったり、陽子を放出して79Asに変化したりする。いくつかは黄色の矢印で描かれているように、光子を放出して80Seの基底状態になる。今回の研究では、基底状態になった80Seが直接観測され、高励起状態が生き残る確率が求められた(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 理学系研究科附属 原子核科学研究センターの今井伸明准教授、京大 理学研究科の堂園昌伯助教、理研 仁科加速器科学研究センター(RNC)の大津秀暁チームリーダー、同・炭竃聡之チームリーダー、同・鈴木大介研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する物性物理とその関連分野全般を扱う学術誌「Physics Letters B」に掲載された。

すべての元素において、原子核の中性子数が異なる(=原子核の質量が異なる)同位体が複数存在する。たとえば通常は陽子が1個である水素の場合、中性子が1個加わった重水素(デューテリウム)、中性子が2個加わった三重水素(トリチウム)などがある。同位体は、崩壊しない安定同位体と、一定の期間で崩壊する放射性同位体(RI)があり、上の例でいえば、水素と重水素は安定同位体であるのに対し、三重水素は半減期(そのRIが多数ある場合、放射性崩壊で別の元素となり、そのRI自体の数が半分になるまでの期間)が12.3年のRIだ。RIはその同位体ごとに異なり、ヒトが認識できないほどの一瞬に崩壊するものもあれば、ウラン238のように半減期が約45億年(地球の年齢と同程度)という長いものもある。

放射性廃棄物には79Seのような長寿命核分裂片があり、その核変換処理の施設を設計する際にはその変換率を正確に把握しておく必要がある。さまざまな核変換手法の中でも、中性子をRIに付け足す捕獲反応は反応効率が高く有力な方法とされるが、難しい一面もある。中性子は原子核において陽子と接していると安定して存在できるが、単独で存在している場合はおよそ15分で陽子に変換してしまうという有限の寿命を持つ。つまり、中性子もターゲットのRIもどちらも有限の寿命であることから、その中性子捕獲反応率の測定は非常に困難とされているのである。

そこで研究チームは今回、Se(安定同位体は74Se、76Se、77Se、78Se、80Se、天然に存在する放射性同位体は82Se)の核変換したいRIである79Seの低速ビームを生成し、陽子と中性子からなる重陽子(重水素の原子核のこと)から中性子を移行させ、79Seの中性子捕獲反応後と同じ80Seの高温状態を擬似的に作り出したという。

今回の研究では、世界屈指の性能を持つRIビーム発生施設である理研 RNCの「RIビームファクトリー」において供給される光速の70%という高速度の79Seビームを、中性子移行反応に最適な光速の20%程度まで減速させるための減速・収束装置「OEDO」が開発された。

  • 放射性同位体ビーム減速・収束装置OEDOの全景

    放射性同位体ビーム減速・収束装置「OEDO」の全景。赤い円柱状の構造物が高周波電場発生装置で広がったビームを収束させる(出所:京大プレスリリースPDF)

今回の核変換率の評価は、まず重陽子から中性子のみを79Seに移行させ、残った陽子の運動量を測定することで、80Seの励起エネルギーを決定するというものだ。ビームが標的となる重陽子よりも重いため、反応で生成された重イオンは、ほとんどエネルギーを変化させずに前方方向に飛んでいくとのこと。この重イオンに対し、磁気分析器「SHARAQ」および最終焦点面に設置された検出器群を用いた識別が行われた。

  • 磁気分析器SHARAQを含む実験のセットアップ図

    磁気分析器SHARAQを含む実験のセットアップ図。反応後の重イオンを直接識別することで、核子移行反応で生成された80Seの生き残り確率を、光子を測定せずに直接決定できるようになった(出所:京大プレスリリースPDF)

生成された80Seは、中性子が抜けた場合には79Seに戻り、また陽子が抜けた場合はヒ素-79(79As)になる。一方、陽子・中性子を出さずに光子のみを放出した場合は80Seとして生き残り、焦点面検出器に到達する。つまり、光子を観測せずに、陽子や中性子を放出しなかった80Seを直接観測したことになる。

実験では、生成された80Seの生き残る確率が、励起エネルギーごとに測定された。同じ測定がセレンの安定同位体の1つである77Seに対しても行われ、両者の比較によって、中性子捕獲反応率が中性子のエネルギーで0~3MeVの範囲で決定された。今回の実験値と、これまでの日米欧の研究チームによる理論的評価値により、中性子のエネルギーが1MeVよりも低い時に、反応率が理論値よりも大きくなることが示されたという。

  • 今回の研究で評価された、各中性子のエネルギーにおける9Seの中性子捕獲反応率

    今回の研究で評価された、各中性子のエネルギーにおける79Seの中性子捕獲反応率(黒丸)。赤、青、緑色の曲線は、3種類の理論的評価値。中性子のエネルギーが1MeVよりも低い時に今回観測した反応率が、3種の理論評価値よりも大きくなっている(出所:京大プレスリリースPDF)

今回の研究手法は、79Seだけでなく、直接の測定が困難なほかの長寿命核分裂片に適用することで、将来の放射性廃棄物の核変換施設に要求される中性子の強度について提言することができるとする。また中性子捕獲反応は、ビッグバン後に宇宙での重元素生成の鍵となる核反応でもあるため、研究チームは、宇宙での元素の起源天体の解明という基礎研究への展開も行っているとしている。