北海道大学(北大)、筑波大学、早稲田大学、国立天文台の4者は1月31日、アルマ望遠鏡を使った観測により、約129億年前の宇宙に存在する銀河のクェーサー「J2054-0005」(以下、今回のクェーサー)からの強力な分子ガスの噴出である「アウトフロー」を捉えることに成功し、それが初期宇宙の銀河の成長に大きな影響を与えていた証拠を発見したことを共同で発表した。
同成果は、北大 高等教育推進機構のサラク=ドラガン助教、筑波大 数理物質系の橋本拓也助教、早大 理工学術院の井上昭雄教授らを中心とする共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
星形成の活発な銀河もあれば、宇宙誕生からおよそ15億年の時点で早くも不活発となった銀河もある。銀河の星形成が、いつどのようにして抑制されるのかは詳細は不明だが、その原因と考えられている1つが銀河からのアウトフロー。中でも、星の材料となる分子ガスのアウトフローは星形成に大きく関与するため、星形成の抑制メカニズムを解明するためには、初期宇宙の星形成とアウトフローの関係を調べることが重要だという。
銀河中心の超巨大質量ブラックホール(SMBH)に多量の物質が落ち込むことで、そのSMBHを含む中心核が、その銀河全体の星の合計よりも明るくなるほど強く輝くものはクェーサーと呼ばれる。初期宇宙のクェーサーは星形成が活発であり、SMBHの影響も相まって、強烈な分子ガスのアウトフローを生み出している可能性があるという。しかし、これまで初期宇宙のクェーサーにおいて分子ガスのアウトフローが観測されたのは、わずか2例しかなく、しかもその2例で観測されたアウトフローは、星形成の進行を左右し銀河の成長に影響を及ぼすほど強いものではなかったとする。
そこで研究チームは今回、約129億前の初期宇宙に存在し、この時代において最も明るく輝くクェーサーの1つであるJ2054-0005を、高感度なアルマ望遠鏡を用いて観測することにしたとする(このような明るい天体は観測しやすい利点がある)。
分子ガスの動きは、その分子が放つ電波信号の波長の変化(ドップラーシフト)として観測することが可能で、観測に良く用いられるのが一酸化炭素(CO)などが放つ「輝線」。しかし、銀河から噴き出すアウトフローを観測する場合、銀河本体の回転による放射信号の方が大きく、アウトフローによる放射信号が弱くて検出が困難など、複雑な要因が絡み合って観測は容易ではないという。そのため、これまでのCOなどの輝線の観測では、今回のクェーサーからのアウトフローは検出されていなかった。
一方、クェーサーの発する連続波(さまざまな波長の混ざった光)のうち、観測者から見て手前側にあるガスが固有の波長の電波を吸収することによって生じる「吸収線」をいわば「影絵」のようにして観測すれば、輝線の観測の場合の複雑な要因がなく、ガスの動きを吸収線のドップラーシフトとして観測することが可能となるという。
今回の観測ではアルマ望遠鏡の性能により、ヒドロキシルラジカル(OH)分子の119マイクロメートルの吸収線を用いることが可能のため、今回のクェーサーから初めてアウトフローが検出されたとのこと。初期宇宙のクェーサーにおいて、高い有意度でOHの吸収線が検出されたのは初めての例となるほか、それが初期宇宙の銀河の成長に大きな影響を与えている強い証拠が発見されたとする。
また、吸収線の波長から速度が正確に求められ、アウトフローの速度は典型的に毎秒約700km、最大で毎秒約1500kmにも達することが判明。流出した分子ガスの量は、年間あたり太陽質量の1500倍ほどで、この量は今回のクェーサーの銀河が年間あたりに新しく作る星の質量の2倍に相当する莫大なものだったという。
今後、およそ1000万年という短い期間で星の材料となる分子ガスが枯渇していくと予想され、今回の研究成果は、分子ガスのアウトフローが銀河の星形成を抑制するという理論予想を裏付ける重要な成果となったとした。
その一方で、同じアウトフローでも過去の2例のように星形成に大きな影響を及ぼさないものもあり、今回のものとの違いが何に起因するのかは新たな謎となっている。今後、より多くのクェーサーに対するOH観測を実施し、星形成を抑制するほどの強いアウトフローが起きている銀河の割合を統計的に調査することが、新たな謎を解明する鍵となるとしている。また、アウトフローが銀河のどこでどのように発生しているのかを詳しく解明できれば、銀河の進化と分子ガスのアウトフローの関係をさらに深く理解できることが期待されるとしている。