愛媛大学は1月24日、これまで観測が容易ではなかった、物質中において質量ゼロとして振る舞う特殊な電子である「ディラック電子」系の物質において、同電子の振る舞いを観察することに成功したと発表した。

  • 今回の特殊な電子を含む含む物質の構成分子と、今回観測されたディラック電子系を3次元に落として表現した模式図

    左側の上寄りにあるのが今回の特殊な電子を含む含む物質の構成分子、中央付近の対角線状に4つ並んだチェスのコマのような物体が、今回観測されたディラック電子系を3次元に落として表現した模式図。このイメージは、論文掲載誌の「Materials Advances」の紙媒体版の表紙を飾る予定(出所:愛媛プレスリリースPDF)

同成果は、愛媛大大学院 理工学研究科の岡竜平大学院生(研究当時)、同・内藤俊雄教授を中心に、東邦大学、北海道大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する材料科学に関する全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Materials Advances」(インターネット版)に掲載され、さらに2月には紙媒体版にも掲載される予定だ。

1933年のノーベル物理学賞受賞者である英国人物理学者のポール・ディラックが1928年に発表したのが「ディラック方程式」だ。同方程式は相対性原理を正しく取り込んだ基礎理論で、ディラックは同理論を用いて、反粒子の存在や、光速で運動する光子の質量がゼロになることなど、重要な予測を行った(後にそれらは事実であることが確認された)。その中の1つに「ディラック電子」がある。本来、電子は有限の質量を持つが、ある物質中ではディラック方程式に従って質量ゼロの粒子のように振る舞うというもので、同電子は固体中を光のように非常に素早く動きまわることが可能だ。

実際にディラック電子だとされるのが、炭素原子1層から数層分の厚みしかない2次元物質として知られるグラフェン内の電子だ。ディラック電子の質量は、電子によって満たされたエネルギーバンドと満たされていないバンドとのエネルギー差の最小値(エネルギーギャップ)に比例するとされ、この差がゼロなのがグラフェンであり、結果として電子の質量がゼロとなることからグラフェン内の電子はディラック電子にあたるというわけである。

ディラック電子の観測は理論的に、さまざまな方向から分けて行えば完了できるとされるが、同電子は上述したように通常の電子とはまったく異なる振る舞いをする上に、普通の電子も共存しているため、これまでそうした方法では観測が困難だったとする。そこで研究チームは今回、「電子スピン共鳴」という測定に対して独自の解析手法を適用したという。

今回の研究では、1気圧下において化学物質「α-ET2I3」を観測し、ディラック電子の観測に成功。同物質には、多数のディラック電子が通常の電子と共存していることがわかったという。なお今回の研究は、3次元空間(x, y, z)での電子のエネルギー(E)をグラフにするため、4次元空間(x, y ,z, E)が必要である点を特徴とする。さらに、今回の解析手法は汎用性が高く、ディラック電子に限らず今後の物性研究に広く活躍が期待されるものとしている。

固体内部は電気を流さない絶縁体だが、その表面だけは電気を流す金属として振る舞う特殊な物質に「トポロジカル絶縁体」がある。このような物質を実用化できれば、消費電力が極めて小さな演算素子や通信システムなどを開発でき、現代社会が直面しているエネルギーや環境問題の救世主となり得るとされる。それらを実現するためには、まずディラック電子の振る舞いをよく理解し、どうしたらそのような電子を含む物質を実用化できるかを考える必要があり、愛媛大の内藤教授は、今回の研究成果はその1つにあたるとしている。