AI(人工知能)などの先端技術を活用して、生活者の個人情報を識別する「顔識別カメラ」が社会に浸透しつつある。

イオングループの一部店舗では、AIカメラを約150台導入し、人気商品を棚前で解析したり、売り場に長期滞在する顧客を検出したりしている。またレジ前では客の年齢を識別し、未成年への酒類販売の防止にもつなげている。

万引き対策にも最新型の顔識別カメラは貢献している。啓文堂、大盛堂、MARUZEN&ジュンク堂の渋谷3書店は、2019年7月末から、顔認証システムで作り出した万引き犯の可能性のある人物の画像を共有している。その人物が来店すると、システムが通知を出して店員に注意を促し、被害を未然に防いでいる。

  • ※写真はイメージです

    ※写真はイメージです

個人情報のグレーゾーンに「忖度」を

その一方で、顔を識別される側の生活者は、カメラ画像による個人の情報が正しく扱われているのかどうかといったことに敏感だ。また「監視されているみたいでなんとなく嫌だ」といった漠然とした不安を持つ人も少なくはないだろう。

JR東日本では、2021年7月から主要な110駅で8350台の顔認識カメラを用いて、服役し た人、指名手配犯、不審者を検知する防犯対策を実施していたが、生活者からの不安、 監視社会に対する漠然とした恐れが原因となり、同9月に取りやめた。

明治大学総合数理学部の菊池浩明教授は「カメラ画像の利活用とプライバシー尊重の両立を実現するためには、事業者が個人情報の登録基準を明確にし、安全管理措置の透明性を高める必要がある」と提言する。

  • 明治大学総合数理学部の菊池浩明教授(12月5日)

    明治大学総合数理学部 菊池浩明教授(12月5日)

個人情報保護法は2005年4月に施行した法律で、2017年と2020年の2回に渡って改正されてきた。「取得・利用」「保管・管理」「第三者提供」「開示請求などへの対応」と4つの基本ルールがある。詳細は割愛するが、例えば、個人情報を取得する場合、利用目的をできる限り特定することそしてその目的を通知・公表することが義務付けられている。

個人情報にはさまざまな種類がある。一般的に考えられている個人情報は、特定の情報から個人を識別する情報のことで、名刺や顔画像といった情報が該当する。先述したイオングループの事例はこの個人情報を取得しており、取得に通知義務がかかる。

そして、個人情報のうち検索などを可能にしたデータを「個人データ」と呼び、さらに、個人データのうち、個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加または削除、利用の停止、消去および第三者への提供の停止を行うことのできる権限を持つものを「個人保有データ」と定義されている。先述した渋谷3書店やJR東日本の事例は、保有個人データを扱っており、顔の特徴をデータベースに入れていた。

  • さまざまな個人情報の種類 提供:明治大学総合数理学部

    さまざまな個人情報の種類 提供:明治大学総合数理学部

「個人情報と個人データは同じではない。ややこしいのは個人を特定しない属性情報やプライバシー情報を取得する『パーソナルデータ』。このデータの取り扱いに法律は関与していない」と菊池教授は説明する。

つまり、パーソナルデータは、事業者の姿勢・倫理観に判断を委ねられているグレーな領域にある。「事業者は現状の制度に忖度をして自主的な取り組みに着手・推進する必要があり、利活用とプライバシーとの両立を図らなければならない」(菊池氏)

「法は技術に先行しない」 企業の自主的な取組事例

そのような状況の中、パナソニックホールディングス傘下で法人向けソリューションを手掛けるパナソニック コネクトは、パーソナルデータの利活用案件に対応するための専門組織の必要性の高まりを受け、2021年1月に「データ利活用支援チーム」を発足した。同社は流通店舗やスポーツ施設、公営競技会場などに顔認証ソリューションを提供している。

同チームでは、パーソナルデータの利活用案件の専門窓口を設け、同社の営業部門といった社員向けに、ビジネススキームの検討や確認、データ利用権の契約対応、プライバシー配慮対策などを支援している。

  • パナソニック コネクトの「データ利活用支援チーム」概要

    パナソニック コネクトの「データ利活用支援チーム」概要

また、各職能別に相談を受けていたデータ利活用案件の悩みごとを、ワンストップで相談できる体制を構築しており、さらに社外有識者の協力を仰ぎ、事業部門向けセミナーや勉強会も実施している。2021年度は50件、2022年度は49件と、1週間あたり約1回の新しい案件を支援したという。

同チームでは、「透明性」「公平性」「信頼」「倫理」「レピュテーションリスク」「データの権利」「企業姿勢を醸成する職能・仕組みの設置」の7つを意識して支援に取り組んでいる。

法務部、知的財産部、ITデジタル推進部本部の3職能が一体化しているため、「案件があった時に即座に対応できる」と、同チーム創設者のパナソニック コネクト IT・デジタル推進本部 サービスデリバリー部の宮津俊弘氏は説明する。

  • パナソニック コネクト IT・デジタル推進本部 サービスデリバリー部 宮津俊弘氏(12月5日)

    パナソニック コネクト IT・デジタル推進本部 サービスデリバリー部 宮津俊弘氏(12月5日)

このグレーゾーンのおけるパーソナルデータは今後、カメラ画像だけでなく、音声をはじめとした生体認証やAIなど、対応領域が拡大していくだろうと宮津氏は予測する。

「技術は法に先行するが、法が技術に先行することはない。企業は炎上やレピュテーションリスクを担保するために、積極的な姿勢を見せて、データ利活用に関する課題を解決していかなければならない」(宮津氏)