早稲田大学(早大)は12月5日、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟搭載に設置されている高エネルギー電子・ガンマ線観測装置「CALET」を用いて、銀河宇宙線中の電子のエネルギースペクトルを世界最高レベルの7.5テラ電子ボルト(TeV)まで高精度に観測したことを発表した。
同成果は、早大 理工学術院 総合研究所の赤池陽水主任研究員(研究院准教授)、早大の鳥居祥二名誉教授/CALET代表研究者、早大 理工学術院のモッツ・ホルガー教授らに加え、神奈川大学、立命館大学、東京大学 宇宙線研究所、弘前大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
銀河宇宙線は天の川銀河内を起源とし、超新星爆発に伴う衝撃波で加速され、星間空間の磁場中を拡散的に伝播して地球に飛来すると考えられているが、未解明の謎も多い。宇宙線の理解が難しい要因の1つは、地球まで到達するまでの間に星間磁場で軌道を曲げられてしまうため、加速領域の特定が困難なことにある。
しかし1TeV超の高エネルギー電子は、荷電粒子から加速源を同定できるユニークな可能性が理論的に指摘されており、その詳細な観測が望まれている。高エネルギー電子は、陽子や原子核とは異なり質量が小さいため、星間空間を伝播している間に自身のエネルギーの2乗に比例してエネルギーを失う特性があるため、地球近傍にある伝播時間の短い加速源からしか地球に到達できない。そして、この条件を満たす加速源の候補天体は数例しかないため、TeV領域の電子を観測できれば、それは地球近傍の候補天体からの寄与であると解釈できるという。
こうした電子観測の重要性は以前から指摘されていたが、これまで観測例はほとんどない。それは、高エネルギー電子はフラックス(到来頻度)が少ないために長期間の観測が必要とされることや、1000倍以上存在する陽子との選別が可能な検出器を用いる必要があることなどが理由だ。そうした中で、CALETは高エネルギー電子の観測を主目的とした検出器として登場し、電子を高精度に選別できるのと同時に、ISSにおける長期間観測により高統計のデータを蓄積しており、上述の課題を克服。さらに、高エネルギー分解能を有しており、これまでにない高精度なエネルギースペクトルを測定することが可能だ。これまでに研究チームは、宇宙空間において初めてTeV領域電子の観測に成功し、2年間の観測量から4.8TeVまでのエネルギースペクトルを測定するなどの成果を上げている。
そして今回の研究では、CALETにより2015年10月13日~2022年12月31日に測定された電子(+陽電子)の7年分以上のデータが用いられたとのこと。これは2018年に発表された際の観測量の3.4倍に相当し、最大エネルギーも7.5TeVへと拡大している。
測定された電子のエネルギースペクトルをグラフ化すると、1TeV付近で単純な冪型のスペクトルから6.5σ以上の優位度を持って折れ曲がっていることがわかる。このフラックスの減少は、地球遠方を起源とする電子が伝播中にエネルギー損失の影響を受けるという理論モデルによる予測と合致するという。
また、CALETの全電子のエネルギースペクトルと、2011年5月からISSで運用中の磁気分光器「AMS-02」による陽電子のエネルギースペクトル、および超新星残骸やパルサーなど、個々の天体を起源とする宇宙線伝播のシミュレーションを行った結果、特に地球近傍の電子加速源候補である「ほ座超新星残骸(Vela)」の寄与がTeV領域の測定結果を上手く再現していることがわかったとしている。
今回の成果は、長期観測の高統計データに加え、電子選別手法の改良が大きなポイントだったとのことで、機械学習も駆使した改良手法は、陽子との選別精度の向上を実現。これにより、電子の選別効率を保ちつつ陽子の混入を10%未満に抑えることに成功し、7.5TeVに至るエネルギースペクトルの導出を達成したとする。
研究チームは今後さらに観測量を増やし、地球に飛来するエネルギー上限近くまでエネルギースペクトルを高精度に測定するといい、到来方向の異方性を合わせて検出して近傍加速源の同定を目指すとしている。加速源を同定できれば、加速・伝播の理解に重要なパラメータを、そのスペクトル形状から定量的に調べることができ、宇宙線の加速・伝播機構の解明に大きな進展が期待される。さらに、電子のスペクトル中には正体不明の物質であるダークマターに由来する成分が含まれている可能性も指摘されており、CALETによる高精度な電子スペクトル構造からその詳細を検証することで、ダークマターの正体に迫ることも今後の課題だとしている。