東京大学(東大)は11月24日、透過力の強い素粒子「ミューオン(ミュー粒子)」を利用し、GPSが使えない屋内や地下空間などでの使用に向けたナビゲーション(muPS)技術「無線muPS技術」(MuWNS)の精度を2桁以上高精度化した次世代システム「MuWNS-V」を開発し、その精度をcmレベルへと大きく向上させたことを発表した。
加えて、従来の宇宙線による無線時刻同期技術「Cosmic Time Synchronizer(CTS)」の同期可能範囲を1桁以上向上させたことも併せて発表された。
同成果は、東大 国際ミュオグラフィ連携研究機構の田中宏幸機構長/教授を中心に、東大 生産技術研究所、東大大学院 新領域創成科学研究科、国際ミュオグラフィ研究所の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の生命科学および物理において使用される分析的、応用的、統計的、理論的および計算的手法を扱う学術誌「Nature Reviews Methods Primers」に掲載された。
ミューオンは、超新星爆発などの高エネルギーイベントによって加速された宇宙線が地球大気に飛び込むことで生成される二次粒子の1つだ。ニュートリノほどではないが透過力が強く、あらゆる人工構造物などをほぼ真空中の光速度で直線的に貫通し、地下深くにも届くほどである。そのため、基準検出器と受信検出器の間に物体があっても、その間のミューオンの飛行時間を測定することで、その間の距離を正確に測定することが可能だ。muPS技術は、このミューオンの透過力を利用したものである。
muPS技術は開発当初、飛行時間の測定を行うために、基準検出器と受信検出器との間をケーブルで接続して時刻同期を保証していたが、それがナビゲーションの自由度を大きく制限してしまっていた。そのため、受信検出器に高精度クロックを実装することで、基準検出器と受信検出器との間の時刻同期をケーブルレスで実現する第2世代システムの「MuWNS」が開発された。
ところが現代技術では、クロックを何か月間にもわたって1ナノ秒以下の精度で安定的に運用することはほぼ不可能だったことから、MuWNSではcmレベルの測位精度を得ることを実現できていなかったとする(ミューオンは1ナノ秒で30cm進む)。そこで研究チームは今回、さらに高精度の第3世代システムの開発を試みたという。
今回の研究では、ミューオンの正確な方向ベクトルとベクトルの始点を超高角度分解能基準検出器で決定することで、ミューオンの飛跡と受信検出器の交点の位置を高精度に推測する技術を開発し、第3世代システムとなるMuWNS-Vの開発に成功。そのナビゲーション精度は、これまでが2m~14m程度だったところから、一気に3.9cmへと大幅な向上が達成されたとしている。
そして、従来の宇宙線による無線時刻同期技術のCTSによる同期可能範囲の性能向上も試みられた。CTSは、多重ミューオンの地表への光速度での同時到来性を利用する技術であるため、CTSサーバとCTSクライアントの間で時刻情報を交換する必要がなく、セキュリティに優れた技術だ。しかし、その試作機の無線時刻同期可能距離、およびオペレーション可能時間はそれぞれ50m・20分と短く、応用範囲が限られていたとする。
今回の研究では、メモリやバッテリー容量などを強化した実機が製作され、外部インターネットサーバを介したCTSサーバとCTSクライアントの常時リモートモニタリングシステムも開発された。その実機を用いて、CTSサーバから180m離れた建物に設置したCTSクライアントとの長距離時刻同期・長時間運用試験を実施したところ、180m離れた時計を3日間にわたり100ナノ秒レベルで安定的に運用可能であることが実証されたとのこと。これにより、CTSの同期可能範囲が7500m2から10万m2へと1桁以上向上したという。
これまで、屋内や地下空間において絶対座標をcmレベルの精度で与えられる無線ナビゲーション技術は存在していなかったが、MuWNS-Vによりそれが達成されたことで、屋内や地下の高精度自律移動ロボットへの実装が可能となったとする。研究チームは次のステップとして、MuWNS-Vを搭載した自律移動ロボットによるデモンストレーションの実施を目指すとのことだ。
また、1マイクロ秒以下の正確度を有するUTC(協定世界時)無線配信技術は現在GPS技術に限られているが、GPS信号は脆弱でなりすましが可能であるため、ミリ秒単位のような極短時間にコンピュータが自動で株価のやり取り戦略を実施する間高頻度取引に利用するにはリスクが伴う。それに対し、今回開発した技術を用いたCTSであれば高い正確度とセキュリティを実現できるとしている。