物質・材料研究機構(NIMS)と科学技術振興機構(JST)の両者は11月30日、電流と熱流がそれぞれ直交する方向に変換される「横型熱電変換」の性能を磁場や磁性によって大幅に向上できることを実証し、さらに熱電材料と永久磁石を複合化することで、電流を流すことで冷却したり、熱から発電したりできる新たな機能性材料「熱電永久磁石」の開発に成功したことを共同で発表した。

  • 今回開発された永久磁石ベースのASMLの模式図と写真

    (左)今回開発された永久磁石ベースのASMLの模式図。(右)その写真(出所:NIMSプレスリリースPDF)

同成果は、NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センターの内田健一上席グループリーダー、同・平井孝昌研究員、同・安藤冬希特別研究員、同・世伯理那仁グループリーダーらの研究チームによるもので、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」の一環として行われた。詳細は、環境発電やエネルギーの変換・貯蔵などに使用される材料に関する全般を扱う学術誌「Advanced Energy Materials」に掲載された。

熱電変換技術の応用に向けて研究が進められている「ゼーベック効果」や「ペルチェ効果」は、熱流と電流が同じ方向に変換される「縦型熱電効果」だ。縦型の場合、熱電変換効率が高い一方で、素子構造が複雑になるという短所がある。それに対し、横型熱電効果を用いれば素子構造を簡略化できるため、熱電変換素子の高効率化・低コスト化・耐久性向上につながると期待されている。しかしその実現に向けては、熱電変換効率が実用レベルに達していないなどの課題があった。

横型熱電変換は、磁場や磁性によって発生する磁気熱電効果と、素子構造や電子構造の異方性によって生じる。素子構造の異方性で横型熱電変換を行うためには、2種類の導体を交互に積層・接合し、斜めに切断した複合材料の「人工傾斜型多層積層体」(ASML)が利用される。ASMLにおいては、構成材料の傾斜角度に依存して電気伝導・熱伝導が異方的になり、縦型熱電効果であるペルチェ効果を起源としつつも横型熱電変換が生じる「非対角ペルチェ効果」が生じるという。

  • 縦型・横型熱電変換素子の比較と、今回開発された横型熱電変換素子の駆動原理の模式図

    縦型・横型熱電変換素子の比較と、今回開発された横型熱電変換素子の駆動原理の模式図(出所:NIMSプレスリリースPDF)

しかし、斜めに切断した積層構造に電流を流した際、どのように垂直方向の熱流に変換されるのかは、これまで実験的に直接評価された例がなかったとのこと。また、非対角ペルチェ効果は磁場や磁性が無くても生じるため、ASMLにおける磁気熱電効果の寄与もこれまで調べられていなかったとする。そこで研究チームは今回、大きな磁気熱電効果を示す合金と、大きなペルチェ効果を示す合金を用いたASML「Bi88Sb12/Bi0.2Sb1.8Te3」(以下、今回のASML)を焼結法で作製し、横型熱電変換について調べたとする。

まずその詳細な振る舞いを確認するため、ASMLにおける熱電変換過程の可視化が行われた。すると過渡状態の熱画像より、吸熱・発熱源は今回のASMLの界面近傍に局在しており、それが熱拡散によって広がり、定常状態では切断角度である45°に対応した三角形型の温度変化分布が生じることがわかった。一方で定常状態における熱画像から、誌面横方向に流した電流によって試料の上半分が吸熱、下半分が発熱していることがわかり、横型熱電変換として機能している直接的な証拠が得られたという。

  • ASMLにおける横型熱電変換過程の可視化

    ASMLにおける横型熱電変換過程の可視化(出所:NIMSプレスリリースPDF)

次に、電磁石で試料に外部磁場をかけながら、今回のASMLにおける熱電変換過程の磁場依存性の検証を行ったとのこと。その結果、磁気熱電効果のうち、磁場の反転に対して熱流の方向が変わらない成分の(磁気ペルチェ効果)と、磁場の反転に伴い熱流の方向も反転する成分の(正常エッチングスハウゼン効果)が分離していることがわかった。さらに各成分の寄与を詳細に評価した結果、これらの磁気熱電効果によって、ASMLにおける横型熱電変換特性を向上できることが判明したという。つまり、単一の複合材料において、非対角ペルチェ効果、磁気ペルチェ効果、正常エッチングスハウゼン効果の3つが相加的に同時に発現していることが突き止められ、3種の現象によるハイブリッド熱電変換により、今回のASMLに定常的に電流を流した際に得られる冷却能力が、外部磁場の方向を適切に選ぶことで大幅に向上することが実証されたのである。

  • 今回のASMLにおける横型熱電変換に及ぼす磁場の効果

    今回のASMLにおける横型熱電変換に及ぼす磁場の効果(出所:NIMSプレスリリースPDF)

さらに研究チームは、ハイブリッド熱電変換の応用展開には、外部磁場をかけることなく磁気熱電効果を発現させる必要があるとする。そこで、今回のASML中のBi0.2Sb1.8Te3合金をネオジム磁石に置き換えた材料(以下、今回のASML2)が合成された。同材料ではネオジム磁石層を磁化させると、外部磁場を取り除いても隣接するBi88Sb12合金には磁場がかかり続ける。実際に今回のASML2における横型熱電変換の性能は、ネオジム磁石層を磁化させることで増強されることが確かめられ、外部磁場が無くてもハイブリッド熱電変換を駆動できることが示されたといい、さらに、今回のASML2は永久磁石としての性質も有しているため、その磁力自体も有効活用できるという。これらのことから研究チームは、今回の研究により、電子冷却や熱電発電が可能な新しい機能性材料の熱電永久磁石が生み出されたとする。

  • 永久磁石を組み込んだ今回のASML2における横型熱電変換

    永久磁石を組み込んだ今回のASML2における横型熱電変換(出所:NIMSプレスリリースPDF)

磁石を使って、電流の印加で冷却したり、熱を電気に直接変換できれば、革新的な省エネ・創エネ技術につながることが期待される。しかし現状では、ASMLにおける横型熱電変換の最適化と永久磁石の導入を両立できていないため、永久磁石を組み込むと熱電変換性能が劣化してしまうことが課題だとする。ただし今回の研究により、磁石材料に高性能の電子冷却・熱電発電機能を付与するための手法と設計指針が確立されたことから、研究チームは今後、熱と電気を高効率に変換できる熱電永久磁石を創製するための物質・材料科学と、それを応用展開するためのデバイス技術開発が加速することが期待されるとしている。