日本原子力研究開発機構(原子力機構)、J-PARCセンター、豊橋技術科学大学(豊橋技科大)、東京都立産業技術研究センター(都産技研)、明治大学の5者は12月1日、水溶液の凍結時に氷結晶間に生じるナノ空間内でセルロースの結晶相転移が起きることを発見し、さらにその構造変化を利用することで、天然構造を持つセルロースを原料にして、簡易な方法で高強度セルロース多孔質ゲル材料を実現したことを共同で発表した。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:原子力機構プレスリリース)

同成果は、原子力機構 物質科学研究センターの関根由莉奈研究副主幹、同・南川卓也研究員、同・廣井孝介研究副主幹、同・杉田剛研究員、同・柴山由樹博士研究員、豊橋技科大の大場洋次郎准教授、都産技研の永川栄泰主任研究員、明大 理工学部 応用化学科の深澤倫子教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、糖質科学に関する全般を扱う学術誌「Carbohydrate Polymers」に掲載された。

木材から抽出される再生可能素材のセルロースは、植物の主成分である天然の高分子であり、構造を制御することで多様な機能を発現できる可能性を有する。これまでもセルロースは、強アルカリ性薬品による溶解や化学反応などを利用した加工により、化成品や衣料として利用されてきたが、より簡便かつエネルギー消費が少ないその加工法が求められている。

研究チームはこれまで、セルロースを科学的に加工したものを原料にして多孔質ゲル材料を合成する手法を開発してきたが、実用化に足る強度を持つゲル材料ができなかったとのこと。そこで今回の研究では、水酸基のみを持つセルロースナノファイバ(CNF)を原料に、省エネルギーかつ簡易な手法で材料化することを目指したという。

水溶液を凍結させると、氷結晶と濃厚な溶質からできる凍結凝集層の相分離現象(凍結凝集現象)が見られる中、今回の研究では、氷結晶と溶質の相分離現象に着目して材料開発が行われた。凍結凝集層では、溶質分子同士が制限空間に押し込められるため、通常では見られないような分子の配列が実現するという。

研究チームが低濃度(0.2mol/L)の水酸化ナトリウム(NaOH)を混ぜたCNFを凍らせ、その凍結体にクエン酸溶液を混ぜて溶かしたところ、圧縮してもつぶれない強さのゼリー状の「セルロースゲル」ができたとのこと。同物質は、圧縮負荷をかけると水を放出しながら10分の1以下の厚みにつぶれるほどの柔らかさを持ちつつ、圧縮負荷を除荷すると同時に再び吸水して元の形状に戻る高い復元性を示したとする。

なお、クエン酸を加えなかった場合のセルロースゲルは圧縮するとつぶれてしまい、単にCNFを凍結させて溶かしたゲル状の構造体は触るとすぐに壊れてしまったことから、「凍結」・「NaO」・「クエン酸」が、従来にない強い3次元構造を持つセルロース多孔質ゲル材料に欠かせないことがわかったと結論付けている。

  • CNFを原料に高強度セルロース多孔質ゲル材料が生成される条件

    CNFを原料に高強度セルロース多孔質ゲル材料が生成される条件(出所:原子力機構プレスリリース)

次に、X線回折法で原料に使用されたCNFを調べたところ、セルロース分子が平行に配列した天然と同様の構造である「セルロースI」であることがわかった。それに対し、NaOHを混ぜた後に凍らせて溶かしたセルロースゲルでは、セルロース分子が逆方向に配列して水素結合でつながっている、より強固で安定な結晶構造「セルロースII」だったという。つまり凍結とNaOHによりセルロースの結晶構造が相転移したことが発見され、この結晶相転移がゲルの高強度化に寄与したことが示されたとしている。

加えて赤外分光法による調査を行ったところ、セルロースゲルに加えられたクエン酸により、新たに「カルボキシル基」が導入されていることが判明。セルロースの水酸基(-OH)とカルボキシル基で水素結合が形成され、より高い強度が発現したことが考えられるとする。

最後に、NaOHを混ぜて凍らせたCNFに対する光学顕微鏡の結果から、セルロースの凍結凝集層がCNFとNaOHが凝集されている特殊な環境のため、セルロースIからセルロースIIへの結晶相転移が起こったことが推測された。よって、この凍結凝集層にクエン酸が浸透し、セルロースにカルボキシル基が導入されて強い水素結合ネットワークが形成され、高い圧縮復元性の発現に寄与したと考えているという。

  • (a)凍結したNaOHを含むCNFの顕微鏡観察画像。(b)凍結により高強度なCNFの構造ができるメカニズムを持つ

    (a)凍結したNaOHを含むCNFの顕微鏡観察画像。(b)凍結により高強度なCNFの構造ができるメカニズムを持つ(出所:原子力機構プレスリリース)

また、このセルロース多孔質ゲル材料は、95%以上の空隙を持つ高い多孔性を持ち、その隙間に水や物質などを出し入れすることに優れた性質も示された。たとえば空隙に水やガスを流し、骨格部分で金属イオンやCO2など吸着して回収するような材料にも応用可能だとする。さらに、加圧により変形するが、圧力を解放すると瞬時に水を吸い込んで元の形に戻る圧縮復元性を示し、実用化に足る強度も持つとした。

今回開発された、強固な3次元構造を持つセルロース多孔質ゲル材料は、有害物質の吸着剤や医療材料への応用が期待されるという。研究チームはそれに加え、セルロース分子の表面を利用したCO2回収材としての応用も期待されるとしている。