芝浦工業大学(芝浦工大)は11月17日、ヒトの筋肉に着想を得て、無人惑星探査車(無人ローバ)の土台であるシャシーの形状変化から、スリップ状態を検知する新しいシステムを開発したことを発表した。
同成果は、芝浦工大 システム理工学部 機械制御システム学科の飯塚浩二郎教授、同・大学大学院 システム理工学専攻の稲葉康平大学院生(研究当時)の研究チームによるもの。詳細は、リモートセンシング技術に関する全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Remote Sensing」に掲載された。
火星はしばしば“ロボットの星”などといわれるほど、数多くの着陸機や周回衛星が送り込まれ、現在も活動している。そしてこの四半世紀は、1997年に送り込まれた「ソジャーナ」から、2021年から活動を開始した「パーシビアランス」(パーサヴィアランス、パーサビアランスなどとも表記)まで、現時点で5台の車両型ロボットの無人ローバが送り込まれてきた(現在は、パーシビアランスに加え、2012年から活動を開始した「キュリオシティ」も活動中)。また日本では、今後の月面探査・開発に向けて、日産が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共に、無人の4輪車型月面ローバを開発中だ。
月や火星などの表面は、クレーターや砂丘などがあり、レゴリスやダスト、大小さまざまな岩石が表面を覆う過酷な不整地である。無人ローバはそのような厳しい条件下で走行しなければならず、スリップしてしまうと目標進路から外れてしまったり、立ち往生してしまったりする危険性が常にある。そうなると任務の遂行が難しくなり、場合によってはそこで探査終了ということも考えられる。
そのため、ローバの走行状態やスリップ状態を検知することが重要となる中、これまでは主にカメラからの視覚データに頼ったさまざまな方法が検討されてきた。しかし、現状の技術によるこれらの方法には限界があり、さまざまな地形の質的特徴を区別することなどは容易ではない。つまりこの問題を解決するには、別の手法を検討する必要があるという。
そこで研究チームが今回着目したのが、ローバが各車輪と地面との間の力のかかり具合(トラクション/駆動力)に関する情報を利用するというものだ。ローバの駆動で重要となるトラクション情報を得ることができれば、ローバはより早い段階で走行環境を検知することができ、スリップを避けるためにあらかじめ姿勢を修正できるようになる。そこで今回の研究では、シャシーの変形からローバの走行状態を検知する新たなシステムの開発を目指したとする。
今回のシステムは、ヒトが歩行中・走行中の筋肉の張力から自分の歩行・走行状態を検出する方法から着想を得たとのこと。ヒトの筋肉には、筋肉の張力の変位を検出して身体の静止姿勢を判断するのに利用される「核鎖線維」や、筋線維の伸張速度を検出して身体の動的状態を検出するのに利用される「核袋線維」と呼ばれる特殊な筋線維があり、ヒトの身体はこれらを利用することで、身体の歩行・走行状態を検出しているのだ。
今回の研究では、ヒトの筋肉との類似性を利用して、ひずみとして現れるローバのシャシー形状の変化を、ひずみの変位とひずみの振動変化の2つに分類し、ひずみの変位データを核鎖線維解析で、ひずみ速度を核袋線維解析で調べたとする。その結果、核鎖線維解析により、鉛直方向とローバの進行方向に働く力がひずみによって変化することが解明されたとのこと。これにより、ひずみの変位をモニタリングすることで、力の変化を検出することができ、最終的にローバの走行状態を示せるようになったとする。
さらに、核袋線維の分析を通じて、ひずみの振動変化率が、ローバの滑りの程度とその後の走行状態の変化を効果的に測定できることも突き止められた。このデータを使用することで、システムはローバの状態をリアルタイムで判断でき、潜在的なスリップ事故を回避するために必要不可欠な操作をローバ自身が行えるようになるという。
今回の研究では、岩や石などの環境障害物を検出する能力もシステムに組み込まれており、ローバ操作の安全性と効率を高める可能性が示されているとする。研究チームは今回の成果について、移動する物体のセンシングに生物学的機能の要素を取り入れる有用性が示されているとし、こうしたアプローチは将来の無人航空機や自動運転にも有効だとしている。